1 冴えないおっさん、全てを失う
「ほら、おっさん。これ持ってよ」
勇者セラが、足元に大きな麻袋を放り投げた。
「トロ臭いわ。よく勇者パーティの一員を名乗れるわね」
賢者マリンが鼻で笑う。
「ふふ、このような無能な中年男にも神は慈悲をくださいますわ」
聖女エルザは笑顔で俺を見下ろす。
「おい、ザック! てめぇ、言われたとおりにしろよ!」
武闘家ユウナが怒鳴った。
「こんな人、どうでもいい」
戦士シーリスは無関心といった様子でそっぽを向いた。
俺――ザック・エルドラは、勇者パーティ【花蓮の姫】の荷物持ちだ。
おっさん呼ばわりされたとおり、今年で四十三才になる。
いずれも十代の彼女たちから見れば、おっさんでしかない。
俺は、こういった罵倒や暴言、時には暴力に日々さらされていた。
最初は怒りを感じたり、抗議したりしたこともあった。
けれど、数年が経ったいま、俺は完全に諦めの境地にいた。
それに彼女たちは、七つ存在する勇者パーティの中で魔王軍との戦いにおいて最高の戦果を挙げている。
そんな彼女たちが気分よく戦うためには、これくらいの我慢は必要だと俺は考えていた。
――そう、世界のために。俺の気持ちとかプライドとか……そんなものはどうでもいい。
俺は今日も自分に言い聞かせ、彼女たちのサンドバックを務めるのだった。
実際、彼女たちが文句を言いながらも、俺を雇い続けているのは、たぶんにサンドバックにする意味合いが強いのだろう。
俺は、そう理解していた。
数日後、俺たちは遺跡の探索を進めていた。
そこは超古代文明の遺跡で、伝説の武具が眠ると言われている。
もしそれを手に入れることができれば、魔王ヴィルガレオス軍との戦いを有利に進められるだろう。
道中は楽勝だった。
俺はただ荷物を運びながら、後は彼女たちの圧倒的な戦いぶりを見るだけだった。
セラの神技ともいえる聖剣スキルにマリンの超魔力による攻撃魔法。
ユウナの我流拳法は人間の限界レベルを幾重にも超越したものだし、シーリスはその防御力を生かしてパーティの盾役として卓越した働きをこなす。
そして、そんなメンバー全員をサポートするエルザの聖魔法。
まさに最強の名にふさわしい勇者パーティの戦いぶりだった。
やがて最深部までたどり着き、俺たちはダンジョンボスと遭遇した。
身長10メートルほどの青銅の巨人【タロス】。
パワーとスピード、防御力を備えたSランクモンスターだ。
だが、そこでセラたちは予想外の苦戦を強いられた。
「何、こいつ……異常に強くない!?」
Sランクモンスターといえど、セラたち五人が連携すれば敵じゃない。
が、【タロス】の強さはそんなレベルをも超越していた。
あの勇者セラたちが追い詰められている――。
俺は目の前の光景が信じられなかった。
勇者パーティの荷物持ちになって以来、ここまで苦戦するセラたちを見るのは初めてだ。
「もうっ、なんなのよ、こいつ!」
セラが苛立った声を上げた。
セラの放つ聖なる光の刃も、マリンの操る火炎や雷撃も、ユウナの渾身のコンビネーションも、シーリスの重く鋭い剣技も、まるで通用しない。
エルザの回復魔法のおかげで、かろうじて持ちこたえている状態だ。
「くっ、こうなったら――あんた、囮になりなさい!」
セラの言葉に俺は驚きで固まった。
「えっ? えっ?」
「喜びなさいよ。普段役立たずなのに、この場面でようやく役に立てるんだから!」
「そうだわ! あんたが死んだところで、世界には何の影響もないし!」
「ですが、私たちが死んだら、世界の危機ですからね」
「オッサン、あたしらのために死んでくれよ!」
「さよなら、おじさん……」
ち、ちょっと待て!
「というわけで――はい、死んできてね! 【移送】!」
マリンが、俺の返事を待つことなく物体移動魔法を発動した。
次の瞬間、俺の体はフワリと宙に浮き上がり、前方に投げ出された。
【タロス】の、すぐ前まで。
「ひ、ひいっ……」
俺は情けない悲鳴を上げてしまった。
明らかに【タロス】は俺を狙っている――。
その間にセラたちが逃げていくのが分かった。
「ま、待ってくれ! 俺も逃げ――」
どんっ!
その瞬間、全身に強烈な衝撃が走った。
すさまじい圧迫感で息が詰まる。
自分の体がどうなったのか、分からない。
痛みはないが、もしかしたらすでに致命傷を受けて、痛みすら感じないほど意識が薄れているだけなのか?
実際、周囲は真っ暗で、すでに生きているのか、死んでいるのかも分からない。
俺は……どうなったんだ?
俺は――。
もう死んでいるのか?
『対象の絶望値が規定に到達しました』
『EXジョブ【上位存在】の習得条件を満たしました』
『対象にジョブを付与するため、システムを起動します』
声が、聞こえた。
同時に俺の意識は急激に覚醒し――、
ごごごごご……。
遺跡全体が大きく揺れ始めた。
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