第9話《監視者たち》
1.監視室の男
地下監視区画。
そこはアカデミーの一般教官すら立ち入れない、理事長直属の監視システム中枢だった。
薄暗い照明のもと、複数のモニターが並び、昼夜を問わず学園内のあらゆるデータが収集・分析されている。
椅子に座っていた男──コードネーム《ケストレル》は、レンとセナの映像を無言で再生し直していた。
「……感情の揺らぎ。予測以上」
操作端末に指を滑らせ、過去の戦闘ログを同時に表示する。
模擬戦、寮での制圧、心理戦講義。
「彼はすでに“訓練された兵”として完結しているはずだった」
「だが、揺れている。彼の心に、“触れている”人間がいる」
ケストレルは静かに呟いた。
「危険だ」
2.理事長室
同時刻、本部棟最上階の執務室では、理事長・神堂蓮司が一人、書類に目を通していた。
そこへノックの音。
「どうぞ」
入ってきたのは、情報教官・本庄だった。
「進展がありました。彼の過去に関する記録……回収したデータの一部に、加工された形跡があります」
「加工?」
「明らかに、軍関係者が介入していた痕跡です。特に、かつて中東で活動していた“民間軍事組織ジャッバール”と関連が──」
その言葉に、神堂のペンが止まった。
「……それ以上は、私の許可なく踏み込むな」
本庄は黙った。
「レンは“プロジェクトK”の重要対象だ。過去を掘るな。未来だけを見ろ」
「了解しました」
3.ケストレルの報告
その夜、ケストレルは神堂と秘密裏に接触していた。
「レンの“再活性化”は進んでいます。環境への適応速度は想定以上」
「“再活性化”ではなく、“再構築”だ」
神堂は冷たく訂正した。
「彼は戦場で完成した。それをもう一度“文明社会”に合わせる。それが目的だ」
「ですが……感情面の揺れが強い。特にあの少女──鷹野セナの存在が刺激になっています」
神堂はしばらく沈黙し、やがて呟いた。
「ならば、試す価値はあるかもしれんな」
「試す……とは?」
「“揺らぎ”を排除するのではなく、制御に転用する。もし彼が“情”を持つなら──それも戦力として取り込め」
4.そして、影が動く
翌朝、アカデミーの門の前。
黒い外套をまとった男が、一台の輸送車から降り立った。
その瞳は、殺気ではなく静寂を宿している。
受付係が身分証を確認し、すぐに顔を引きつらせる。
「……ようこそ。特別教官──《斎木》様」
斎木は何も言わずに頷いた。
その男こそ、かつてレンが“最後に殺しかけた相手”だった。
そして、彼の再教育を監督する──“本物の監視者”だった。
5.レンの直感
その日の訓練。
レンは、教室に入った瞬間に空気の違和感に気づいた。
教官席に立つのは、見知らぬ男。
寡黙で、無表情。
だが、その立ち方、重心、隠された気配。
(……戦闘者だ)
彼の目が、自分を見ている。
だがそれは、“評価”でも“警戒”でもない。
──選別だ。
レンは、その視線を真正面から受け止めた。
そして、ゆっくりと、無言で頷いた。
二人の眼差しが交錯する。
そこにはまだ言葉はない。
だが、確実に──何かが始まろうとしていた。