第8話《弱さの理由》
1.朝の教室
事件の翌朝、学園は妙な静けさに包まれていた。
夜の侵入騒動は噂となり、加害者生徒は停学処分。
だが、九条レンが現場で犯人を制圧したという話題の方が、学生たちの関心を引いていた。
「またレンが動いたのか」
「今度は女子を守ったって……マジ?」
「やっぱアイツ、人間じゃないって」
レンは何も言わず、席に座っていた。
その様子はいつも通りだったが、誰にも気づかれぬまま──彼の視線は、教室の端にいた鷹野セナに一瞬だけ向けられていた。
セナはうつむき、机に手を組んでいる。
だが、時折そっと顔を上げては、何かを迷うように彼を見ていた。
2.放課後の屋上
夕方。
レンは、寮に戻らず屋上に立っていた。
誰もいない高所。風だけが静かに髪を揺らす。
そこへ、足音。
「……やっぱり、ここにいた」
振り返らずともわかった。
鷹野セナ。
「昨日は……ありがとう」
「礼はいい。済んだことだ」
「でも……済んでないの。私の中では」
レンが振り向いた。
セナはまっすぐ、彼の目を見ていた。
「怖かった。けど、それ以上に……あの時、私を見てくれたことが、嬉しかった」
「……意味が分からない」
「私、昔──兄が誘拐されたの。学校帰り、ほんの一瞬の隙に」
レンは動きを止めた。
「助けられなかった。隣にいたのに。目を逸らした、たった数秒」
セナの声が震えていた。
「だから、自分が“弱い”ことが怖くて……誰かが怖がらずに動いてくれるのが、ただ、それだけで……」
言葉が詰まる。
レンは、しばらく黙っていた。
そして、静かに口を開く。
「俺は……守ったわけじゃない。状況に“反応”しただけだ」
「それでも、私は助けられた」
彼は目を伏せ、風の中で目を細めた。
「……その兄は、どうなった」
「戻ってきてない。でも、私はまだ探してる」
「……バカだな」
「そう。バカなの。でも、生きてると信じなきゃ、私は崩れてしまうから」
セナの瞳に浮かぶ涙は、こぼれはしなかった。
3.境界線
その後、二人は黙ったまましばらく屋上にいた。
陽が落ち、レンが先に立ち上がる。
「帰るぞ。身体が冷える」
「……うん」
並んで階段を降りる。
その足音は静かで、けれど確かに“同じリズム”を刻んでいた。
それはまだ、絆と呼べるものではなかった。
けれど──ふたりの距離が、少しだけ縮んだ夜だった。
4.監視
その様子を、遠くから監視していた者がいた。
モニター越しに、レンとセナの姿を見つめる眼差し。
「……想定よりも早いな。接触が」
男は画面を切り替え、別の映像に移した。
映っているのは、かつての戦場。
瓦礫の街。
そして、少年の背中。
「“彼”を戻すつもりか? 傷跡を、抉る気か」
闇の中で、誰かが嗤った。
次なる波乱の幕開けは、すぐそこにあった。