第7話《寮での事件》
1.深夜の物音
静まり返った夜の寮。
カーテン越しに差し込む月明かりだけが、部屋を照らしていた。
九条レンはベッドの上で目を閉じていたが、眠ってはいなかった。
いつものことだ。
──コン。
微かな物音に、瞼が開く。
ノックではない。
壁の向こう側、廊下の先。誰かが足音を忍ばせ、移動している。
「……生徒じゃない」
レンはそう呟き、すぐに立ち上がった。
足音のリズム、重さ、呼吸のコントロール──それは訓練された者のものだった。
寮内でこの時間に行動が許されているのは、教官か……それ以外だ。
レンは物音の方向に向かって静かに歩き出す。
2.廊下の影
廊下に出た瞬間、レンは気配を掴んだ。
曲がり角の先に──誰かが立っている。
「……誰だ」
声をかけるより早く、相手は動いた。
タタタ、と足音を立てて駆け出す。
制服ではない。覆面、手袋、黒ずくめ。
侵入者。
レンはすぐに追いかけた。
廊下の先、寮舎の階段を一気に駆け下りる。
非常口を抜けた先、彼はその姿を見つけた。
だが──そのすぐ先に、誰かがいた。
「──セナ?」
驚いたように振り返る少女。
鷹野セナだった。
侵入者は、セナにぶつかる。
何かを奪い取ろうとしたのか、彼女のカバンが床に落ちる。
「きゃ──っ!」
次の瞬間、レンが飛び込んだ。
3.制圧
「動くな」
レンは侵入者の腕を取り、瞬時に関節を極める。
男が悲鳴を上げ、倒れ込む。
顔を覆っていたマスクが外れ、下からは年若い顔がのぞいた。
「……上級生か」
レンは冷たい目で見下ろした。
「何をしていた」
「くっ、違うんだ、これは……ッ」
「言い訳はいい。次に動いたら、腕を折る」
そう言い放つ声に、一切の感情はなかった。
セナが、怯えたように立ちすくんでいる。
「だ、大丈夫……なの……?」
レンは男の腕を離し、彼女に近づいた。
「ケガは?」
「う、うん……たぶん、大丈夫……」
「ならよかった」
そう言って、レンは後ろを向いた。
「ここから離れていろ。こいつの始末は──俺がする」
セナの表情が、わずかに強張った。
「ま、待って。殺すの……?」
レンは、少しだけ沈黙してから言った。
「……殺さない」
「だが“処理”は必要だ」
4.報告と沈黙
その後、騒ぎは教官に伝わり、侵入者は拘束された。
理由は「盗撮」。女子寮への侵入未遂だった。
生徒会や教官たちは騒然としたが、レンの介入により事なきを得た。
イグチは言った。
「九条、お前の判断は正しい。だが今後、個人で動くな」
「……了解しました」
セナもまた、教官に事情を聞かれたが、あまり多くを話さなかった。
その夜。
レンは再び自室の窓辺に座っていた。
「……関わるな」
そう思っていた。
関われば、また何かを“守って”しまう。
守った瞬間に、それは“弱点”になる。
だが。
──「だ、大丈夫……なの……?」
彼女の声だけが、耳の奥に残っていた。
その優しさが、戦場育ちの彼には──どうしようもなく遠いものに思えた。