第4話《教官会議》
1.沈黙の会議室
模擬戦終了から数時間後。
アカデミー本部棟の最上階、教官専用ブリーフィングルームでは、静かな緊張が漂っていた。
大型モニターに映し出される、九条レンの模擬戦リプレイ映像。
その動きは、明らかに学生の範疇を超えている。
「20対1で、非殺傷装備とはいえ、全滅か……」
「それも、無駄弾なし。照準、間合い、遮蔽物の取り方……どれを取ってもプロのそれだ」
主任教官イグチが腕を組み、無言で映像を見つめていた。
隣に立つのは狙撃教官・堂嶋。
元特殊部隊のスナイパーで、寡黙な眼光の持ち主だ。
「……あの眼、見ましたか。照準を合わせる前に、殺す動きができている」
「予備動作の無さは訓練では身につかない。実戦でしか染みつかん」
「ということは、やはり」
イグチはファイルを机に投げた。
「これが彼の経歴。だが、空白の7年間がある」
ファイルには、9歳で飛行機事故に遭い、行方不明となった記録と、先月の“保護”までの流れが記されていた。
「PMCの人間が保護したという情報もあるが……軍籍記録はどこにも存在しない」
「記録に残っていない戦士、か」
教官たちは無言で顔を見合わせた。
2.理事長の意向
その夜、イグチは本部地下の執務室に呼び出されていた。
そこにいたのは、アカデミーの理事長──神堂蓮司。
黒いスーツに身を包んだ冷徹な男。元防衛省高官であり、傭兵アカデミーの設立者でもある。
「主任。九条レンの件、確認した」
「……想定以上です」
「使えるか?」
「……現場に戻すつもりですか」
神堂は目を細めた。
「必要なら、だ。だがまずは“社会復帰”のモデルケースとして、彼を“正常”に扱え。わかるな?」
イグチはわずかに息を止めた。
「……了解しました」
「あと一つ。彼の素性に深入りするな。過去は、伏せておけ」
「理由は?」
「──生きた戦場の証人は、時に国にとって都合が悪い」
3.生徒たちのざわめき
翌朝、学園内はざわついていた。
「マジで昨日の模擬戦、全滅だったって?」
「録画見たよ……動きがヤバすぎる」
「殺す気はなかったって言ってたけど、あれ、本物だよな」
名前すら知らなかった“転校生”が、今や校内の話題の中心にいた。
一方、レンは特に変わった様子もなく、教室でノートを取っていた。
「なあ、お前……九条、だっけ」
隣の席の男子が、勇気を振り絞るように話しかける。
「昨日の……あれ、本気でやったの?」
レンは手を止め、ゆっくりと相手を見た。
「“あれ”が本気だったら──君は、もういない」
それだけを告げて、再びノートに目を落とした。
空気が一瞬で凍りつく。
相手は、笑うしかなかった。
4.上層生徒の反応
学園の上級生たちも、レンに注目していた。
「下級生のくせに……イキってんじゃねぇぞ」
「派手にやったな、転校生。いい度胸だ」
「ちょっと“指導”してやるか」
数人の上級生が、寮の屋上で密談していた。
その中にいたのは、Bランク評価の常連、猪瀬ライ。
喧嘩っ早く、何よりプライドが高い。
「ちょうど退屈してたとこだ。夜、呼び出すぞ」
その目は、戦いを求める獣のようにギラついていた。
5.予兆
その夜、レンは廊下で一枚のメモを見つける。
寮の裏庭へ“来い”という挑発的な文面。
誰が書いたかは明白だった。
だが、彼は迷わない。
「……戦場で名前を聞いてくれる敵なんて、いない」
そう呟き、足音を殺して寮を出た。
そして、夜の闇の中で、彼を待ち受ける“指導”の名を借りた私刑が始まろうとしていた──。