第3話《模擬戦、開始》
1.戦場の足音
模擬戦──それはこの学園における“名刺代わり”だった。
実戦形式での訓練は月に数度。
だが、入学初日での個人参加は異例中の異例。
それだけで、九条レンの名前は“危険な何か”として校内に広がっていた。
「ほんとにやるのかよ、模擬戦……」
「ありえねえ。転校生、一人で20人とか」
訓練場に集まった生徒たちは、互いに確認し合うように視線を交わした。
中央に立つ少年の姿に、笑う者はいない。
レンは、静かに模擬銃を構えていた。瞳には怯えも緊張もない。
そこにあるのは、“慣れ”だった。戦場で生きる者の──習慣。
2.開始の合図
「模擬戦、開始!」
ホイッスルと同時に、銃声が弾ける。
まず動いたのは、チームBの先鋭班。
3人が同時に走り出し、中央の遮蔽物へと向かう。
が──レンは動かない。
その場で膝を曲げ、地面に伏せると、地を這うように移動。
気づいた時には、すでに死角に回り込んでいた。
「なっ──!? どこ行った!?」
背後から二発。正確な射撃で二人が脱落。
残る一人も、振り向いた瞬間に至近距離から撃たれ、即時退場となる。
騒然となる観覧席。
「なにあれ……早すぎる」
「視線の誘導……遮蔽物の使い方……あれ、子供の動きじゃないぞ」
教官たちの顔色が変わる。
主任イグチは、腕を組んだまま呟いた。
「……“隠れる”のではなく、“消える”技術だな」
3.崩れる連携
生徒たちは戦慄していた。
「どこから来るかわからねぇ……」
「いや、ここで囲めば──」
だがその瞬間、レンは真横の木陰から飛び出す。
膝を割るように滑り込み、敵の足を払って銃を突きつける。
「撃てよ。訓練だろ」
そう囁いてから、ペイント弾を眉間に撃ち込む。
「ひっ──」
相手は悲鳴をあげて倒れた。
レンは再び身を隠し、回避行動をとる。
前方から3名、後方から2名の挟撃。
だがレンはそれを逆手に取り、敵同士の視線をぶつけさせて混乱を誘発。
「こっち来るな!誤射すんなって!」
罵声が飛び交う中、レンは背後から走り抜け、一人の背中に肘を叩き込む。
「ぐっ……!」
瞬間脱力、即座に次の敵に拳銃を向ける。
静かに、確実に。
4.静寂のあと
模擬戦開始から、まだ10分も経っていなかった。
だが、訓練場はすでに静寂に包まれていた。
フィールド中央に立つのは──たった一人。
「……終わりですか」
九条レン。
彼は銃を下ろし、整った呼吸のままホルスターに収めた。
その姿に、観覧席は誰も言葉を発せなかった。
「1人で……全滅……?」
「俺たち、何してたんだ……」
残された生徒は、ただ呆然と立ち尽くす。
彼らはまだ、戦場を知らない。
レンは教官の方に歩み寄り、淡々と言った。
「模擬戦、終了を確認しました」
イグチは黙って頷いた。
「……よくやった。戻れ」
だがその表情は、驚きと困惑と、かすかな恐れに彩られていた。
5.戦場の目
その夜、レンはひとり寮の自室にいた。
窓の外には静かな森。
だが彼の目には、まだ銃声が残っていた。
敵の動き。影の流れ。匂い。
──思い出せ。
──油断するな。
「ここは戦場じゃない……でも、だからこそ危険だ」
目を閉じても、思考は止まらない。
この場所が、地獄よりも静かな“監獄”に思えた。
だがその中で、ひとつだけ確信があった。
──この学園では、自分が“最も異物”だ。
それは、今の彼にとって最大の武器であり、最も孤独な事実だった。