第23話《記録を殺す者》
1.揺れる中庭
日曜の午後、アカデミーの中庭は静かだった。
樹々の葉が揺れ、噴水の音だけが響いている。
そこに立つ二人の影──
九条レンと、クラウス・ハルト。
「ようやく会えたな、リヒト」
クラウスは笑っていた。
懐かしさと、皮肉と、哀しみが混じった笑みだった。
レンは答えない。
だが、その拳は、わずかに震えていた。
「君が“記録を殺した男”だってこと、あいつはまだ知らない」
「……俺は、記録なんて知らない」
「そうやって逃げ続けてたな。名前も、過去も、全部」
クラウスの声には、かつて戦場を共に駆け抜けた者だけが持つ熱があった。
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2.記録官の選択
セナは、地下資料室の端末の前で立ち尽くしていた。
記録官・エルとしての意識が目覚めつつある中で、彼女はひとつの記録を再生する。
──記録名《V-09-L》
それは、リヒト──九条レンが、ある村を“消した”記録。
子供だった。
震える手で、銃を撃っていた。
その映像の終わり、誰かの声が入っていた。
「この子は、誰よりも生きたいと願っただけだ」
セナは涙を流していた。
「リヒト……あなた、記録を守ってたんだ」
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3.殺意の試練
中庭。
クラウスが銃を抜いた。
「観測者たちは君を恐れてる。なぜだかわかるか?」
「……俺が、歪んでるからだろ」
「違う。君は、“記録に抗った”唯一の存在だからだ」
次の瞬間、銃声。
レンは避けない。
代わりに、風を裂くように一歩踏み込んだ。
──銃弾を掴むような軌道で、クラウスの手首を打ち払う。
「……俺はもう、誰も殺したくない」
クラウスは満足そうに笑った。
「その言葉を……ずっと待ってた」
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4.再会
その夜、屋上にて。
セナはレンに声をかけた。
「あなたの記録、全部見たわ」
レンは沈黙する。
「でも──あなたが人を殺しても、私の中には“殺されなかった記録”もあった」
「……俺は、もう誰かの“記録”になりたくない」
セナは微笑んだ。
「だったら、私が“あなたの記録官”になる」
「……記録しない、って意味か?」
「いいえ。あなたがあなたを、忘れそうになったときのために」
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5.決戦の予兆
翌朝。
クラウスは姿を消していた。
その代わり、アカデミーに届いたのは観測者本部からの通達だった。
《Project VESSEL》、本格始動。
対象──九条レン。
指令──抹殺。
そして、新たな“抹殺者”が派遣されるという報。
彼の名は、ヨル。
“記録を殺す者”の最後の刺客だった。
物語は、最終局面へと向かい始める。




