第22話《鍵と箱》
1.開かれた扉
セナは、その日も資料室にいた。
いつもは閉ざされた“記録保管庫”。だが、今日は鍵が開いていた。
扉の奥には、鉄製のキャビネットと数台の旧式モニターが設置されている。
その中央、ひときわ異質な“箱”が置かれていた。
──錠前がついた、漆黒の金属製ボックス。
「……呼ばれてる?」
セナの指先が、自然と箱へと伸びる。
触れた瞬間、低く唸るような音が鳴った。
“記録官、識別完了──開封を許可”
機械的な声が脳に響く。
(なんで……私にこんなことが)
ふたを開けた瞬間、記憶の波がセナを襲った。
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2.記録官・エル
白い部屋。無数のスクリーン。
その中心で、少女──エル──は座っていた。
「世界は、誰かが記録しなければ、何も残らない」
「改ざんされた過去は、未来の殺人と変わらない」
エルの言葉が、セナの心に重く響く。
(これが……“私”?)
記録官エルは、観測者によって造られた“観察と記録”の権限を持つ存在。
その任務は、戦争で消されゆく“真実”を保管し、決して歪めないことだった。
だが、エルは逃げた。
観測者の手を離れ、記憶の箱を封印し、自らを“セナ”という存在に書き換えた。
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3.彼の声
セナが目を覚ますと、箱の中には古びたUSBのようなデバイスが入っていた。
『R-00X-001──九条リヒト』と刻まれた名札。
その瞬間、セナの脳裏に映像が流れ込んだ。
──少年が泣いている。焼け跡の村。
──銃声。血。
──名もなき小隊。倒れていく仲間たち。
そして、ひとりだけ立ち上がる少年。
「名前なんていらない。俺は、生きるためだけにここにいる」
レン──いや、リヒトの過去だった。
セナは手を震わせた。
「……全部、消される前に。記録しなきゃ」
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4.神堂の決断
一方、地下の理事長室では、神堂蓮司が密談を行っていた。
相手は元・観測者ネットワークの協力者、通称“影使い”。
「計画を進めろ。観測者どもが記録を操作している以上、我々の“正史”は守られない」
「つまり……抹消する、と?」
「“彼ら”が全てをコントロールしようとするなら、
こちらは“真実”を暴露してやればいい」
神堂の目が鋭く光る。
「戦争を知っている者が、未来を決める。それがこのアカデミーの存在理由だ」
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5.レンの迷い
その夜、レンは屋上でひとり、空を見上げていた。
ポケットには、小さな録音端末。
セナから渡された、“過去の自分”の声が記録されたものだった。
──『お前は、名乗るな。名を持つと、情が生まれる』
──『情を持てば、迷う。迷えば、死ぬ』
録音はそこで切れていた。
レンは端末を握りしめる。
「……名乗ることが、そんなに怖かったのか」
自分は、いったい誰なのか。
“名前”とは、何を意味するのか。
その問いが、彼の中で静かに揺れていた。
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6.次なる動き
翌日。
アカデミー外部の統合軍本部では、
ある作戦名が秘密裏に通達されていた。
《Project VESSEL(器)》
その目的は、「記録官セナの再起動と、記録改ざん者の処分」
対象には、既に“九条レン”の名前も記されていた。
そして、その命令書の最下段には、
見覚えのあるサインがあった。
──クラウス・ハルト
“再び、記録の裁定が下る時が来た”
物語は、“記録”を巡る決戦へと向かい始める──。




