第21話《記録の番人》
1.再会
訓練棟の第7フィールド。
夕刻の空が赤く染まる中、一人の青年が待っていた。
クラウス・ハルト──国家統合軍「灰の部隊」に所属していた男。
かつて“リヒト”と名乗っていたレンと、生死を共にした戦友でもある。
扉が開く。
「……呼び出したのは、お前か」
足音を鳴らして現れたのは、九条レン。
その目は、変わらず静かなまま。
「変わってないな、お前は」
「そっちは、誰だ?」
問いに対し、クラウスはわずかに口角を上げた。
「“灰の番犬”さ。お前が死んだと思っていた時代の残骸だよ」
レンは一歩、近づく。
「クラウス──なぜ今、現れた」
「確認しに来た。お前が“本当に”戻ってきたのか、
それとも──別人になったのかを」
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2.試す者、試される者
クラウスは、訓練場の銃器を手に取り、レンに差し出す。
「一発だけの模擬戦だ。撃たなくてもいい。撃ちたければ撃て」
レンは銃を受け取り、静かに構えた。
「記録はもう、残さないのか」
「──記録なんて、必要な奴にしか意味はない」
クラウスの瞳に、一瞬、何かが宿る。
「お前は、まだ“名前”で迷ってるんだな」
引き金が引かれる。
しかし銃声は鳴らず、セーフティがかかったままだった。
「……それが答えか」
クラウスは笑った。
「よかったよ、“リヒト”じゃない」
「お前は、ようやく“九条レン”になったんだな」
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3.灰の任務
その夜、クラウスはイグチと対面していた。
「見届けたか?」
「ああ。彼はもう“戻らない”。あの地獄に縛られたままじゃない」
イグチは黙って資料をめくる。
「だが、“記録の番人”は別件だ。クラウス、次の任務がある」
「また記録回収か?」
「否、“改ざん”だ」
クラウスの眉が動いた。
「中東で失踪した民間人が、国家機関によって再教育された痕跡がある」
「つまり、九条の“空白の7年”……」
「それを帳消しにする書き換えが、始まっている」
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4.セナと“番人”
翌朝、セナは図書棟の資料室である一冊のファイルを手にしていた。
『観測記録・旧東域戦線 第Ⅲ編』
それは閲覧制限のある記録文書。
しかし、セナにはなぜか中身が読めた。
(……なんで、これが)
「それは“番人”にしか開けない」
不意に背後から声がした。
セナが振り返ると、そこにはスーツ姿の風見が立っていた。
「君の中には、かつて“記録官”としての役割が埋め込まれていた」
「私が……?」
「記憶を奪われた、もう一つの君──“エル”の中枢機能だ」
セナはその名を聞いて、ふっと胸を押さえた。
「……何をされていたの、私は」
「記録すること。そして、改ざんを許さないこと。
世界を“残すため”に存在していた。それが君の役割だった」
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5.消されゆくものたち
その頃、地下のモニタールーム。
観測者たちは、古い映像を次々と消去していた。
「接触済み記録:削除完了」
「灰の部隊:影響なし。続行可能」
「九条レンの“出自”関連:上書き中」
液晶に映る、幼い少年の映像。
記録番号“R-00X-001”。
「この世界から、“彼”を消去する準備が整いつつある」
「この先は、レン自身が記録者となるか、消去対象となるか」
「運命は、彼自身の“選択”に委ねられる」
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6.予兆の声
夜、レンは再び夢を見る。
廃墟の中、銃を構えた少年。
自分と同じ顔。
そして、どこかで見たことのある少女の手を取って、振り返る。
「リヒト、もう逃げよう」
その声は、かつて“家族”と呼ばれた誰かのものだった。
「……無理だよ。俺たちは、選ばれた」
夢が消える直前、彼の耳元でささやく声。
「君が、記録を選ぶなら──私は、真実を隠す」
目覚めたレンの目に、かすかな涙が浮かんでいた。




