第2話《傭兵アカデミー》
1.学園の門
傭兵アカデミー──表向きは「特殊戦技訓練校」と名乗る、国家非公認の教育機関。
施設は山奥にひっそりと建ち、外観はまるで全寮制の私立校のようだった。
白い外壁、広い中庭、立ち並ぶ寮舎。だが、門をくぐればすぐに気づく。ここは、学校ではない。
監視カメラの数、巡回する警備兵の無言の圧力、塀の高さ。そして、何より生徒たちの眼差しが違う。
──これは戦場だ。
九条レンは、無表情のまま門をくぐった。
肩に掛けた黒いボストンバッグ。装備ではなく、学校指定の教材とされている。
「ようこそ、九条レン」
出迎えたのは、白髪の男だった。無骨な軍服に、鋭利な眼光。
年齢は五十代後半。現場の臭いを色濃く残す、現役感。
「私はこのアカデミーの主任教官、イグチだ。以後、よろしく」
「……はい」
簡単な挨拶の後、レンは寮に案内された。
部屋は四人部屋。だが、彼の入室直前に“調整”が入ったらしく、室内は完全に空だった。
壁際に並ぶベッド、共用の収納棚、簡素な机。
レンは窓際のベッドを選ぶと、バッグを置き、黙って腰を下ろした。
「……静かだな」
戦場の喧騒に慣れた彼にとって、人工の静けさはむしろ不安を呼ぶものだった。
2.初登校
翌朝、訓練服に着替えたレンは指定された教室へと向かう。
廊下に立つ教官たちは、元軍人や元傭兵といった肩書きばかり。
「おい、見たか。あれが“例の子”だ」
「……本当に戦場帰りか?」
「記録には何も残っていないが、PMCが動いたんだ。只者じゃない」
囁き声は止まない。
教室に入ると、ざわつきが一瞬止まった。
それぞれに個性的な制服。染めた髪。やけに整った顔立ち。背筋を伸ばす者、だらける者──。
だが、誰もがレンに視線を向けていた。
「転校生か?」「ちょっと雰囲気違わねぇ?」
「ヤバい系じゃない?あれ」
席に着いたレンは、黙って窓の外を見る。
声をかけてきた生徒もいたが、目を合わせることはなかった。
「……馴染む気はない」
それが彼の結論だった。
3.模擬戦の告知
昼休み後、教官イグチが教室に現れた。
「訓練生諸君──本日午後より、模擬戦を実施する」
生徒たちの空気が変わる。
「模擬戦……もうかよ。まだ初日だぞ?」
「しかも転校生も参加って……まじでやるの?」
イグチは告げる。
「九条レン。君には個人戦での参加を命ずる。相手は──他クラス混合の20名」
一瞬、空気が凍る。
「20対1ってこと!?」「殺す気かよ!」
だがレンは、席を立った。
「構いません。……ただの“数”なら、慣れてます」
その言葉に、誰も笑えなかった。
4.訓練場
午後、屋外訓練場。
遮蔽物が点在する広大なフィールドに、生徒たちが集まる。
各チームにはスタン弾、ペイント弾、通信機が支給され、実戦形式で戦う。
観覧席では他クラスの生徒や教官たちが注目していた。
「本当にやるのか? しかも1対20って……」
「いや、主任の目がある。何かあるんだろ」
開始のホイッスルが鳴る。
レンは一切走らず、ゆっくりと中央へ向かって歩く。
片手に構えた模擬銃。足取りは、まるで戦場に慣れた兵士そのものだった。
その姿に、数名が先走って飛び出す。
「いけっ!囲め!」
──次の瞬間、レンが地面を蹴る。
鋭い回転と同時に、一人を肘打ちで沈め、すかさず背後の足を払う。
倒れた敵の銃を奪い、二発、正確にペイント弾を撃ち込む。
「あ、当たった……まじかよ!?」
残りの生徒が連携を試みるが、レンは遮蔽物を滑るように移動し、位置を常にズラしながら敵を削っていく。
教官たちの顔に、次第に驚愕の色が浮かぶ。
「……あれ、本当に子供か?」
「いや──あれは兵士だ」
やがて、すべての敵が沈黙した。
レンは銃口を下ろし、ただ一言。
「……終わりですか?」
その声に、誰も返事ができなかった。
5.噂
訓練後。
生徒たちはレンに距離を取りながら、ひそひそと話していた。
「なんだよ……アイツ、一人で全員倒したぞ……」
「見たか? あの動き……マジでプロだって」
「戦場帰りって……ホントなのかも」
教官室でも、会議が開かれていた。
「……問題児どころじゃない。完全に兵士だ」
「だが、あの力は利用価値がある」
主任イグチは、窓の外を見つめながら呟く。
「問題は……この“日常”に、どれだけ馴染めるか、だ」
そして九条レンは、一人寮に戻り、静かな夜を迎えた。
だがその目は、未だどこか“戦場”を見ていた。