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第7話 学長

 気を取り直して、「さて」と見広は口にする。


 この学園について色々と気になることがあることには変わりがないが、依然として堂々と佇むそれを目にしてしまえばもはやしりすぼめになるようなこともなかった。


 長らく生徒たちが使っているというのに、以上なまでのその廊下をリシアと歩きながら見広はそうんなことを思ってため息をついた。



「ここが見広も使うことになるであろう食堂ね。王都のシェフがわざわざ足を運んで作ってくれているから絶品よ」


「へぇ、こんな厳つい場所にわざわざ足を運ぶ物好きのシェフもいたものだな」



 自分がシェフだったのだとしたら、もっと儲かりそうな王都に滞在し続けるだろうにとそう思った。

 飾りっ気のないその場所を覗き込むと、どうやら休憩時間中の職員たちが話し込んでいるようだった。



「こんにちは。何をしてるんですか?」


「ん、あぁリシアちゃんか。どうにも最近魔物の……ってそちらの少年は?」



 リシアの問いかけに答えようとして、見広に気がついたようにその話し込んでいた人間のうちの一人がそう聞いた。


 リシアは、それを自分で答えようとはせずに見広に視線を送ってきた。

 どうやら自分で答えろ、と彼女は訴えているようだった。



 ____どうせなら、紹介もやってくれればいいのにと思ったのは内緒だ。



「えっと。天智 見広っす。色々と事情があって……というか、そこにいるリシアの紹介でここにきました」



 おっ、と休憩していた人物たちの目が見開かれる。



「新しい生徒さんかい?」


「____いえ、聞いた話だとここの運営の手伝い……要するに働きにきたはずなんすけど」



 チラリとリシアに視線を返す。

 それに込めた言葉は「それでいいんだよな」だ。

 その視線の意味を正確に汲み取ってくれたリシアは微笑む。



「えぇ。こう見えて彼は結構力持ちだから、私じゃ手伝うことのできないそっち系の仕事も頼めるかもしれないと思ったんです」


「おぉ、それは本当に頼もしい。実は最近また一人男の職員が減ってしまって困っていたところだったんだ」



 ナイスタイミングで現れてくれた、と言われてなんと答えればいいのか分からずに見広は思わず苦笑いをこぼす。


 リシアも同じような顔をしていて、随時ここに集まった教員たちはこんな感じなんだろうな、と見広は理解した。

 相変わらず、教師という職業をする人間はどこか変わった人間が多い気がする。



「そういえば、生徒を見ないな」


「今の時間は授業の途中だからね。とは言ってもずっと自習なんだけど、先生がいないから」



 なんとなく見広は理解した。

 あぁ、これ絶対に真面目に自習をやってる奴は少ないパターンだ、と。

 彼自身もなんとなくそんな記憶が頭の中にあるような気がしないでもない。



「見広くん……」


「あ、見広でいいっす」

「じゃぁ見広はいつからここで働くんだい?」



 そう聞かれて、そういえばと見広は少し考えた。



「いや、まぁ。これから寮の方に荷物を置きにいってその整理ができたらすぐにここに戻ってこれますけど……」

「それは頼もしいが……」



 流石にそれは気が引けたのか、男の大人たちの声が引き攣った。



「冗談っす」



 到着して数時間で仕事を望むほど見広はワーカホリックではない。

 なんなら一生ダラダラして過ごせれば最高なんじゃね、と考えるくらいにはサボり気質があったりもした。


 だとしても今は、


(一食分食っていく金すらねぇんだよな)



 だからあながち見広が言った言葉も冗談ではなかった。

 ちなみにこの世界に来るときにポケットの中にたまたま入っていた財布のさらにその中に入っていた福沢諭吉様もこの世界ではただの紙切れ同然だった。



「だ、大丈夫よ見広。一食分くらいは私が奢ってあげるから!」

「おぉ……神よ。私に恵みを」


「「「大袈裟すぎない?!」」」



 順にリシア、見広、その他の雑談していた職員たちだった。

 グゥゥゥと見広のお腹がなって見広は腹をさすった。

 

 控えめに言って過去一お腹が空いているかもしれない、と見広は思う。



「はいはい。見広は何を食べたい?」

「ん……。腹に溜まるもの、できれば肉で」


「それじゃぁ、これね」

 


 そんな和やかな会話をリシアと繰り返していると突然、ガラリと扉の開く音がした。

 その瞬間に場の空気がガラリと変わる。


 教員が一斉に立ち上がって、そしてリシアでさえもそちらを振り返って。

 教員たちは敬礼をした。



「?」



(ここは軍隊かな?)



 そんな感想を抱いた見広だったが、体に高揚感を感じて「あ?」と間抜けな声を漏らす。



(魔法……ではなさそうなんだけどな)



 まるで《魔を食う者(マナイーター)》が魔法を喰らった時のような感覚に見広は首を傾げた。

 聞くものを魅了するような女の声が響いてくる。



「私の魔力を浴びても全く動揺しない少年がいるなんて……どういうことかしら、ね」



 リシアが驚愕したような、あるいは畏怖したような声を漏らす。



「学長?! どうしてここに」

「あらぁ、今日は予定が変わってこの学園に戻ってくるって……そういえば言ってなかったわね。ごめんなさい」



 全く悪気のなさそうな、ヘラヘラとした返事を聞いてリシアが軽く嘆息するのが見えた。

 見広も、目の前の女がどこか道化を被っているように見えて落ち着かなかった。


 出会ったばかりだがこの時ばかりは見広も感じ取る。

 この人、苦手なタイプだと。



「そ、れ、よ、りぃ。私からすれば、この男の子の方が気になるんですけどぉ? 何、リシアちゃんの彼氏?」


「いや、違うけど」



 ニヤニヤしながら放たれた言葉に見広は真顔で答える。



「「少しは照れなさいよ!」」



 二人の声が重なった。



「あ、」

「あっれぇ。どうして突っ込んだのかなリシアちゃ___」



「あの、そんなことどうでもいいんすけど。そんなに魔力を垂れ流してていいんすか?」



 二人の、というか学長からの一方的なリシアへの弄りを見広はとりあえず無視してそういう。

 学長は何か不服そうな感情を見せたが、フッと笑っていった。



「いざとなったときに遅れをとる、と?」



 ゾッと見広の全身の毛が逆立つ。

 見広はその言葉を聞いた途端、咄嗟に右手を構えてそれでも腹部に鈍い痛みを感じた。

 気がつけば、足が地から離れてしまっていた。



(魔法……喰えなかった?! いや、違う)



 そもそも自分の反応がそれの発動までに間に合わなかっただけだと見広は理解する。

 ガラガラと着地先の机に背をぶつけて見広は顔をさらに歪ませた。



「学長!」



 数個の声が重なって聞こえたが、当の本人はその言葉に耳を貸そうとはしなかった。



「どうだい? これでも私に大丈夫なのかという声をかけられるかい?」



 化け物め、と見広は心の中でつぶやいた。



「____降参っす」

「ハハッ、懸命な判断だ。こと魔力量だけに関していえば私に勝てる人間を私は見たことがないからね」



 垂れ流してもなお、魔力が体内に溢れかえっているのか。



(それに、あの瞬間)



 見広は彼女の手から発動された魔法を飲み込むことには成功したのだ。

 反応が間に合わなかったのは、|あたりに散りばめられた魔力・・・・・・・・・・・・・を使って体外で生成された魔法。



「この場所は私の領域ってことを理解してくれたかなぁ? 新人くん」



 否定はできなかった。



「あんた……。学長って言ってたけど、名前はなんていうん、すか」


「あぁ、まだ言ってなかったっけ? 私の名前はとある事情で口外できないことになってるんだ。私のことは学長と呼んでくれればいい」



 なんだよそれ、と見広はため息をついたがそれは気が付かれなかったようだった。



「ということで、歓迎するよ天智見広くん。これからよろしくね」

「よろしくっすけど……。もうこんなことは勘弁ですからね」


「ハハハ、検討しとくわぁ」



 嵐のような魔女はそれだけ言うとどこかへ去って行ってしまった。

 さながらその姿は、嵐そのもので今まで関わってきた中で一番面倒くさそうな人間だなと感じた。



「変に動いたらもっと腹へったな……。注文した料理できた?」

「は、はいっ。急いで準備します!」


「見広。あなたもずいぶん図太い性格ね……」

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