第28話 チュートリアルはここで終わる
次の日、見広がその仕事場に顔を出してみると笑顔で周りの人間から迎え入れられてホッとした。
それと同時に周りの人間が昨日の事態において楽観的というか、深刻に考えてはいないようだったので意外な感覚を味わったのは内緒である。
(結局、この世界じゃ起ってしまったことは起こってしまったことで、それ以上にもそれ以下にもなることはないのか)
相変わらず王城後の学校の下に広がる街は随分と荒れ果ててしまっているのが見えたが、きっと戻ってきた人間たちが和気藹々と非日常的風景の中で日常的な体験を繰り返しているのだろうと、そう思うと見広は何か不思議な感覚だった。
「よう見広、昨日のあの騒ぎの中じゃ活躍してたらしいじゃねぇか」
ガシリと肩を掴んできたのは、年上にしろ年齢が一番近い男だった。
見広はその力強さに少々揺れながらも、ニヤリと口角をあげた。
「なんです? 俺の英雄譚でも聞きたいんすか?」
「英雄が倒れて帰ってくる英雄譚なんかききたかねぇよ! それよりも今日の夜は俺たちがいいとこ連れてってやるよ」
そのいいとこ、というのはどうにも未成年が立ち入り禁止な気がするのは気のせいだろうか。
見広はそれを丁寧に断った。
なぜだと言われれば簡単な話。
後ろのリシアの雰囲気が本当の意味でいけないものになりかけていたからだ。
見広は苦笑しながら、そちらに向きそうになる顔を無理やり元に戻した。
「おいおい、そんな露骨な誘い方じゃぁこいつはこねぇよ」
「……いや、露骨な誘い方ではなくても俺は行かないっすけどね」
「返しの間に少しの時間があったことにはあえて突っ込まないでおいてやろう」
「いや、突っ込んでますから」
なんて、風景の雰囲気に合わない会話をしながら食堂へと入っていって。
そうしてそこで見広は一人の人間の影を見つけた。
「よぉダスティン。今日も授業をサボってんのか?」
にこやかに見広が(皮肉を込めて)そういうと、ダスティンの方から予想していた通りに舌打ちが返ってきた。
「なんだよ、少しは授業に出てるっての」
その後に拗ねたような声が続いたのには、へぇと素直に驚いたが。
ダスティンは少し変わったな、と見広は思った。
前のように全てを突っぱねるような気配が、一部分だけだが受け入れるような形に変わった。
(そういう観点で見たら、昨日のあれは意外と影響しているのか?)
見広は自分のことを考えてみる。
昨日の戦闘で自分の心境はどう変化したのか、ということに。
それはきっと些細なことかもしれないが、これから自分がこの世界で生活していくためには必要なものだったから。
「死なないように頑張る、か」
「あぁ?」
無意識に、リシアに行った言葉が口から漏れ出して、それにダスティンが不愉快だとでもいうかのように反応した。
まったく失礼なやつだ、という心の中でのツッコミを見広は一旦置いておいて。
「なんでもねぇよ。俺なりに今回の戦いを振り返っていただけだ」
「なんだそれ。テメェはテメェらしく戦った。それで、最後まで立ってられなかったのが木にイラねぇならもっと修行をしろや、修行を」
「お、なんだ慰めてくれてんのか? でも残念でした、俺は落ち込んでなんていません」
「バッ、俺は別にテメェのことなんて慰めてねぇよ!」
ツンデレみたいなことをダスティンが言って退けてので、見広は若干引いた。
(男のツンもデレも俺には需要がねぇ!)
そうして、しばらくそこにいた人間たちと談笑を楽しんだ見広は一度その場から離れることにした。
みんなといる時間も楽しいのだが、やはり集団の中でずっと囲まれていると精神的に疲れるというかなんというか。
「基本的に俺は集団行動ってやつに向いてない人種だからなぁ……」
自分の性格を思い出して、さすがに治すべきかとそう思う。
一人で突っ走っていって死んでしまったら元も子もないのがこの世界だと体験したから。
「本当、見広はもうちょっとみんなっていうのに関わった方がいいと思うな」
「……リシアか。こんなところにまでついてこなくてもいいのに」
声が響いてきて、見広は視線を動かした。
にこやかなその声の主は、普段よりもイキイキしているようだった。
サラサラと揺れる髪の毛は出会った時とかわらず見広を惹きつける。
それに魅せられた見広は一瞬、目線を下に下ろしてから問う。
「抜け出してくる意味あったか?」
それに対して、窓から差し込んできた光を浴びながら女神のような美しさを醸し出す少女は惜しげもなくその本心を漏らした。
「うん、私はみひろと一緒にいたいから」
そうですか、と見広はつぶやいた。
恥ずかしげもなく言い放たれた言葉に見広は動揺しないほど強い精神を持ち合わせてはいなかった。
まったく、と心の中でぼやく。
ぼやいてそれでもその言葉に喜びを覚えている自分がいることに気がついた。
「そうだな。俺もリシアとそれにみんなとこうやって笑い合える時間があるのは嬉しいよ」
平和主義の国からやってきた見広からすれば、この空間はとても居心地の良い場所だった。
それと同時に少々居心地が良すぎる場所だった。
陽光は二人を照らし、そして学園を照らす。
「リシア、俺は決めれたよ」
「ん、何?」
「この場所で、この世界で生きていくそんな覚悟かな。今まではなんとなく漠然とした未来しか思い浮かべることはできなかったけど、もう決めることができた」
見広の目に映るものはなんだったか。
「確かにここは俺を裏切った。俺を裏切って大切なものを奪った。それでも俺はこれからも生きていたいと思った」
本心を語ることに不思議と抵抗感はなかった。
見広はこの目の前の少女に相当気を許しているということに自分でも気がついていた。
「だからこれからもよろしくな、リシア」
「うん、よろしくね見広」
さて、と寄りかかっていた壁から腰をうかして見広はグッと背中を伸ばす。
疲れを少し感じたが、そんなことを気にしていたらはしゃぐことなんてできないな、なんて思い直して。
リシアに向けて満開の笑みを浮かべた。
「ほら、戻ろうぜリシア」
差し出した手に伝わる彼女の手は少しだけ熱を帯びているように感じた。
それは見広の勘違いだったかもしれない。
もしかすると勘違いではなかったかもしれない。
でも、その真偽なんてどうでもいい。
今この瞬間においては、彼女の手を握ってそうして笑い合えることに見広は喜びを感じていた。
(____今度は守り抜けたんだな)
最後まで笑顔を絶やさなかった少女を救うことができなかったことは心残りではあるが、その少女に向かって見広は語りかけた。
結局最後まで面と向かって言えなかったことを誰にも届かないような小さな声で。
「ありがとう」
数時間後。
部屋に戻った見広は、そのままベットの上に倒れ込んで気絶するかのように眠りに落ちた。
夢の中、何かに呼び覚まされるかのように見広は目を開けた。
それはもしかしたら白昼夢だったのかもしれない。
目の前に広がっていたのは見慣れた東京の景色で、後ろに広がっていたのは荒れ果てた異世界だったのだから。
「見広、戻ってくるか?」
目の前にいたのは親友だった。
そこまで大きくはないような声で見広に問いかけてきた。
グラリと以前の見広だったとならばその言葉に誘われて一歩踏み出してしまっていただろう。
けれども、見広はそれをしなかった。
「ごめん進。俺はここで生きていくよ。だから、俺とお前の物語はここでおしまいだ」
一瞬、目の前の彼が目も見開いたような気がした。
見広は微笑に、親友は悲しげな顔を浮かべた。
ゆっくりと差し出された手が降りていく。
「それで、良いのか?」
「あぁ、それでいいよ。お前が特別なのは変わっていないしこれからも変わることはないけどさ」
最後に、ニヤリとした笑いを残して見広はゆっくりと回れ右をした。
音の残響はなかった。
振り返ってみると、数歩歩いただけなのに東京の景色が酷く遠かった。
親友が何か叫んでいる。
「ったく、最後まで俺の心に残るような登場をしやがって」
決別は夢の中で行われた。
でも、見広が彼のことを忘れることは生涯ないだろう。
どんな人よりも大切な存在だから。
「またいつか出会う時が来たら、そうしたらこの世界を俺が案内してやるよ」
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