第26話 見広とリシア
「見広、見広、見広!」
自分の名前が呼ばれている気がして、見広は夢の世界から現実へと意識を浮上させた。
目をこすって、まだ重たい瞼を無理矢理こじ開けるとそこには天子がいた。
(あ、いや間違えた)
ただのリシアだった。
藍色の髪の毛をサラサラと揺らしながら見広を上から覗き込んでいた。
その顔に向かってニッコリと微笑みかけるとその顔が破顔した。
安堵半分それ以外の感情が半分といったところなのだろう。
「心配、したんだから」
「……色々とすみませんでした」
リシアがか細い声でそう言ってきたので、見広は素直に謝った。
さすがに今回は迷惑をかけてしまったな、と見広自身も反省していた。
今回は、ではなく今回もというのが正しい気がしないでもなかったが。
「というか、ここはどこだ?」
たしか、自分は外で倒れたはずだよなとそう思いながら見広は部屋を見渡した。
ちゃっかりベットに寝かされている辺り、ここが適当に入り込んだ場所ではないだろうと当たりは着いていたが。
「ここは学園の保健室よ」
やはり、見広の考えは当たっているようだった。
が、しかし学園の保健室という単語に見広の目はぱちくりとまばたきを繰り返していた。
「学園って……まさかあそこから俺を運んで?」
「えぇ、そうよ。さすがにあのごつごつした地面に寝かせておくのは忍びないかなって」
申し訳なさそうにいったリシアに、見広はありがとうと感謝の言葉を述べる。
それからからだを起こして、グッと延びをした。
気がつけば西日が窓から差し込んできていて、時刻が夕暮れ時だということを見広は理解した。
そして、それより何よりも____。
「終わったんだな、朝からの騒動がやっと」
空全体を覆うような魔方陣が消え去っていたことに安堵の表情を浮かべた。
「えぇ、いろんなことがあったけどちゃんとした終わったわよ。ちゃんと、ね」
見広はその後に誰も死者がいないことを聞いてさらに安堵するのだが、それはまた別の話。
今は、どうしても立ち上がっておきたかった。
「まったく、あの竜と戦い終わったときは生きた心地がしなかったぜ」
「本当にあれはすごかったわね。」
苦笑しながら放たれた言葉には、どこか人間離れしていた見広と竜の戦闘を思い出しているのだろう。
時々、リシアの表情が少しだけ変わるのが面白かった。
「あの後、意識を手放してしまったけど何かあったのか?」
「どうしてそう思うの?」
見広が聞くと、逆に疑問で返された。
疑問に疑問で返すな、と普通は返すのかもしれないが。
「まぁ感でしかないけどな。魔方陣を張ったのはおそらく人間だし、あんなもので終わる、なんてないと思っただけだよ」
その割には的確に的を射ている発言であることに見広は気がつかなかった。
窓のほうを見て、リシアはそれを肯定した。
「うん、色々あったんだよ色々。見広が予想できないくらいにはね」
うん、きっとそうだとリシアは小さく呟いた。
可愛らしいその仕草に目を奪われながらも見広は首を縦に振った。
「きっとそこにか変わった人間はお前だけじゃないんだろう?」
「えぇもちろん。そこにはダスティンももちろんいたし、何よりも決定的なのは学長が来てくれたこと、だったかな」
私たちだけだとどうなっていたことやら、とリシアが言って、それは大丈夫なことだったのかと見広は心配になった。
まぁ、あの学長がきたのだから悪いようにはなっていないだろうけれど。
「無茶だけはすんなよ?」
「見広が言っても説得力の欠片もないからね? 一番無茶したのは見広なんだから」
もちろんのこと、否定はできなかった。
彼としては、自分が無茶をするのは当たり前と思っている節があるのでそこら辺には疎かったのだが。
「……だとしても今回はやりすぎた、か」
自分のことを省みないのにも限界があるな、と見広はさすがに反省した。
シュンとうなだれる見広を見てリシアはアワアワと慌てながら、別に攻めた訳じゃないからね、なんて叫ぶ。
「分かってるよ。それに落ち込んだ訳じゃないからな?!」
そんな簡単に落ち込むとか、どんな豆腐メンタルだよと少々笑いながらも見広はそう返した。
「だったら見広はどうして顔を下げるの?」
「顔? あぁ、いつもよりさがってたか」
「うん。本当に少しだけだけどね」
お前には勝てる気がしないよ、と見広は首を横に振った。
リシアもいたずらに成功した子供ような顔でクシャリと笑った。
「だとしてもリシアが気にするようなことじゃないさ。ちょっと昔の夢を見ていただけだから」
あれはこちらに転移する一週間ほど前の話だったか。
どうしてあのことを忘れていたのか、今更夢で見たのかはわからないが、今そのことを機にするべきではないのではないだろう、と見広は判断して言った。
「夢?」
「そう、夢だ。過去に経験したことを思い出したんだよ」
「へぇ。私は、嫌な夢以外は思い出せないからなぁ」
まぁ、普通はそうだろうなと見広は思った。
彼だって大体はそういう時が多いし、そもそも夢というのは脳が経験を処理するときに見るものだったはずだ。
覚えておかなければならない夢なんて、そうそうないのではないだろうか。
「そういえば、他のみんなは?」
個室に入れられていた見広は気になってそう聞いた。
「今は多分、食堂とかにいってる人が多いんじゃないかな。あとは各自の部屋で籠っている人とか……とりあえず、騒動が去ったから各々がやりたいことをやってるんだと思う」
「ふーん。だったら、リシアも俺と話してなんかいないで自分のやりたいことをやればいいのに」
なんとなくそう言って、地雷を踏んだことに見広は気がついた。
にっこりと笑った笑顔から、少量の邪気が漏れ出していたのでそっと顔を背けておいた。
と、そんな冗談はさておいて。
「私は見広と話をしたかったからいいのよ」
リシアが至極真面目な声で見広にそういった。
そらした顔を彼女の方へと戻して、見広は首を傾げた。
「俺と話をしたかった、って。どういう」
「そのままの意味よ。見広が起きたら話したいことがたくさんあったの」
さいですか、と言いながら見広はベットの上であぐらを描いた。
それで、体ごとリシアと向き合って微笑を浮かべながら、見広は言った。
「いいよ。何を聞きたい?」
パァと彼女の顔に花のような笑顔が咲いたのだから、見広は居心地が悪くなった。
確かにこれが自分の守りたかった何気ない日常なのかもしれないが、それにしても尋問みたいなこれはないだろう、と。
周りに助けを求めようとしたが、そこには二人以外誰もいなかった。
「じゃぁ、まずはどうしてあんな無茶をしたのかってところからかな? 私、見広が死んだかと思ったんだよ?」
(ふむ、どうやら手遅れらしい。さよなら、このせか____)
「見広?」
「ハイッ、すみません真面目に答えます!」
上下関係がはっきりしている光景であった。
誰かがそれを見ていたら、何かを誤解してしまいそうな光景ではあったが、誰にも見られていないのでOKだろうと見広は思う。
多分。
そして数十分間の間、見広はリシアに質問という名の尋問を受けることになった。
その間、ふざけすぎるとリシアに奇妙な笑みが浮かぶので見広は真面目に答えざるを得なかった。
「ありがとう。なんだか今まで胸の奥に支えていたものが取れた気がするわ」
「いや……。満足してくれたんなら助かった」
少しげっそりしながら見広はそう返した。
彼にとって幸いだったのは、彼女らと出会う前は何をしていたか、どこからきたのかという話がなかったことだろう。
その質問が飛んできていたら、精神的に終わっていたかもしれない。
「そうだ見広」
思わせぶりにリシアが、下から上目遣いで覗き込んできて不覚にも見広はドキッとしてしまった。
リシアが可愛いというのは周知の事実なのでそうなっても仕方がないか、とそんな変な理論で納得したが、それも彼女の策らしかった。
反応が遅れた見広を間近で覗き込んで。
「なんだよ」
ぶっきらぼうに見広は答えた。
「ううん。別に?」
リシアはそう言って見広から顔を離すと、彼に手を差し伸べながら言った。
「お帰りなさい見広。これからもよろしくね」
遠くへ行ってしまった誰かさんに変わって。
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