第24話 過度すぎる戦力
ラシュアの高笑いにも似たその声に被せるようにして別の声が響いた。
それを聞いて、「えぇ?」とリシアが怪訝な顔をし、ダスティンに至っては気持ち悪そうに顔を歪めた。
「誰だ、テメェ」
ラシュアが警戒したようにそう言った。
当たり前か。
厄災を目にしてもなお自分にだけ殺意を向けてきているのだから。
絶対強者がそうやるように。
だから、単純な疑問が口から漏れて。
対して返ってきた答えも相当単純なものであった。
「そこの二人の通っている学園の、学長よぉ?」
にこやかに、あるいはこの場で一番狂喜に飲まれて。
そいつは軽く上空をなぞった。
バキッ、バキバキッ、バキバキバキバキバキ____!!
それだけでいっそのことそれが当然であるかのように、魔方陣が崩れ去る。
「は?」
「これだけの魔方陣だからねぇ。分解するのにも時間がかかったわ」
呆然としてそれを見つめているラシュアに、学長があたかも当然かのように呟いた。
「でも、解析してみたらそこまで難しい法則は使われていなかったわねぇ。日が出てからだったから気がつきにくいけれど星の配置と太陽の軌道をもとにした、《固定配置詠唱》の複雑化版かしらねぇ。魔王の使っていた魔法でももとにしたのかしら」
おいおいと、学長の異常性を身をもって体感している学園組はそれくらいですんでいたが、ラシュアに関してはガラにもなくお口をあんぐりと開けていた。
「おいおいおいおい、嘘だろ? 貴様、何をした?」
「だから言っているじゃない。魔方陣を解析して破壊しただけだわぁ」
「そんな数時間で解析を全て終わらせられてたまるか!」
「とはいえできてしまったものは仕方ないでしょう?」
ニッコリと、その存在感がどれだけなのか理解して。
彼女は面白そうに頬を緩めた。
「でもぉ、いい加減面倒くさくなってくたから。死んでね?」
ゾワリと、もはや傍観者となりそうなリシアとダスティンの背筋になにか得体の知れないものが走った気がした。
目の前の学長が前戯とばかりに放った魔力が、周囲に充満したのだ。
「?!」
「さすがの私もねぇ、ここまで周囲を荒らされると怒らないわけにはいかないのよ」
魔法陣の消え去った上空からは、いっそ清々しいまでの太陽が、大地を照り付けていた。
妙にそれが暖かく感じるのは、死屍累々としたこの場所から逃げ出したいからだろうか、とリシアは考えた。
「簡単に言ってくれるじゃないか」
まるで、いつでもお前くらいなら殺せるんだぞ、と脅されているようだな、とラシュアがそう言った。
「実際に簡単に殺せるんだから、それはあなたの感覚が正しいんじゃないかしら」
対する学長は、いとも簡単にその言葉を払いのけた。
相手にするのも面倒臭いと言っているかのようなその態度にラシュアの機嫌は、自然と悪くなっていく。
「そういえばあなたがこの厄災を起こした原因を聞いてなかったわねぇ。どうしてなのかしら」
「……答えると、思うか?」
「いいえ? でももういいわ。あなたの思考を読んだもの」
「は?」
今の一瞬で?
とラシュアが驚愕と共に首をかしげて、他二人は苦笑した。
「へぇ、最初の準備は五年前のあの事件、ねぇ。それから北部を経て、シルルという少女を殺したのね」
あり得ない、とラシュアは声を上げたくなった。
百歩譲って思考を読む魔法を高速展開できたというのが事実だったとして、こんな詳細に読まれるなんて……。
「貴様!」
放たれたのは、不可視の刃。
大した威力はないが、不意を突き急所を打ち抜けば敵を殺せる、いかにも暗殺に向いた魔法だった。
しかし、それを当の学長は避けようともしなかった。
気が付かなかった?
いや、そんなこと彼女に至ってはあり得ない。
「そもそも、私が防御する必要性がその魔法からは感じ取れないわ」
結局、学長が取ったのはラシュアを嘲笑うという行動だけだった。
それだけで、魔法の方がまるで学長を嫌がったかのように、軌道を変えた。
もちろん学長があらかじめそうなるような魔法を組み込んでいたわけではないし、ラシュアがそうなるように命令したわけでもなかった。
「何が起こった?」
「別に? 私の魔力が強すぎて、魔法そのものが反発したんじゃない?」
「あり得ないだろう」
「? あり得なくはないと思うわよ? 魔力はより強い魔力を嫌がる性質があるからねぇ。特に私みたいな魔力が多すぎる人間に対しては特に反発するのよぉ? 暗器を使うのなら、魔力を使わない単純な物の方が良かったわね」
地面が、突起した。
予期せぬその攻撃を、スレスレで避けたラシュアは空中で一回転をして後ろに着地する。
《身体強化》は流石に唱えていたか。
「《無詠唱魔法》、だと?」
「そんなテンプレみたいなセリフは聞きたくなかったわねぇ。そもそも、その魔法を極めた魔術師ならば詠唱なんて必要ないでしょうに。……あぁ、それと《異端児》もそれの例外、か」
そういっている間に、さらに同じ魔法がもう一度。
気がつけば、古来ギリシアのパルテノン神殿のような____もちろん細部は異なるが____そんな建物が出来上がっていた。
なぜそのような建物を作ったのか、と問われれば学長はこう答えるだろう。
「え、面白かったからだけど?」と。
「まぁ、こんな神殿があった方が儀式とかはやりやすいんだろうけどねぇ。私には特に必要ないわね」
魔力が、悲鳴をあげた。
と、そう表現することに抵抗はない。
ラシュアは魔力が一人でに蠢く感覚というものを生まれてこの方初めて味わうこととなった。
(なんだ、なんだ、なんだんだこいつは?! 魔力が異常に多い人間ってだけじゃねぇ。魔法の精度が他の人間とは比べ物にならねぇ!)
イレギュラー。
その言葉で表される人間が、天智見広からその学長へと移り変わった。
まったく人間の認識というものはその周囲に影響されやすいものだった。
「目の前にいる人間が、本当はそこにいないなんて考えもしないのだからねぇ」
「何っ?!」
「テンプレ的だから、私はあんまり口にしたくはないんだけどぉ。ここはあえて言葉にさせてもらおうかしら。残像よ、愚鈍」
目に前から消えた学長が、姿を現したのはラシュアの背後。
たった一つの手刀がラシュアを吹き飛ばした。
そして、さらにかき消えて再び現れたのはリシアとダスティンの目の前だった。
「二人とも、大丈夫かしら?」
涼しい顔をしてそういう学長に若干畏怖の念を抱きながらも、リシアははい、と肯定の言葉を返した。
ダスティンの舌打ちも失礼ながら肯定なのだろう。
彼女たちに目立った怪我がないことに学長は安堵したらしく、軽く息を吐いていた。
そうして、その後に彼女たちのさらに奥に寝かされている見広を見て、少し微笑んだ気がした。
「良かったわぁ、全員生きているのね?」
「はい。他の場所へ行った人たちはわかりませんが少なくとも私たちは」
「大丈夫。そのほかの場所にいる生徒たちの方も全員分私が回ってきたけれど、負傷者はいても死者はいなかったわ」
そう会話していると、ラシュアが攻撃を仕掛けてきたらしく。
しかし学長は片手を振るだけで、またラシュアを吹き飛ばした。
食物連鎖上の関係がはっきりわかるような光景である。
「くそっ、きやがれ魔獣ども!」
「その命令は効能を得ず。命令は世界へと帰還するわ」
《魔物使い》としての権能も、学長は一切否定してしまって、ラシュアに残ったものはもう何もなかった。
自死を選ぶか、と思考を巡らせた時。
それを先読みした学長が口を開く。
「いっておくけど、あなたが死んだとしてもそこら辺にある魔物の魂の残滓を使って、生き返らせてあげるわよ?」
ビクリ、とラシュアの体が不自然に揺れたのを学長は楽しそうに見つめた。
他人の恐怖する反応を見てそんな顔をするとは……と、味方であるはずの二人も目を背けてしまったことに学長は気がつかない。
気がついても気にしない。
「あなたは、この場所の人間の全てをめちゃくちゃなものにしようとしたのよぉ? 死んでしまったら許される、なんてそんな甘い考えを持たないことね」
「……」
「あぁ、それとあなたがこの事件を仕組んだ理由を最初から最後まで洗いざらい吐いてもらわないとねぇ。だから最後に魅せてあげるわ。あなたの薄汚い魔法とは違う、私の愛した美しい魔法をね」
端的な詠唱が一つ。
《独裁殺し》、と。
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