第20話 黒きに染まれ
古来より、竜殺しというものが存在した。
幻獣として描かれる異形の中でも特に強大な力を持ったものを殺す人間、あるいは道具のことだ。
しかし面白いことに、それらを詳しく調べていくとその竜殺しでも最強ではないということに気がつくだろう。
そもそもがただの人間なのに、女神の加護を受けただとか、一部だけ不死の体ではなかったとか。
もしくは、こんなのもあるのかもしれないだろう。
周りが当たり前に使えるものを当たり前に使うことができない、とか。
竜の咆哮が大地を焼いた。
融点の低い個体はすでに溶け出し、沸点の低い物質は気体へと姿を変えていた。
何が街を襲ったのか、なんて聞くだけ野暮だった。
炎、烈火、インフェルノ。
あるいはそう表されるもの。
半径にして数十メートルを吹き飛ばす規格外のものだった。
それでいて、なんの反動も受けずに悠々と竜は佇んでいるのだから、それが本気であるとも言い難いだろう。
屠龍の技なんて、そもそも存在しなかった。
「……見広?」
リシアが呆然とした様子で名前を呼んで、それでも返事がないことにダスティンは口を強く引き締めていた。
彼女たちが巻き込まれなかったのは不幸中の幸いだ。
見広が彼女たちのいる方向とは違う場所に飛ばされたために直接的な被害を受けないで住んだのだから。
ダスティンは気遣われたのだと気がついて舌打ちした。
「……見広?」
リシアがまたそう呟いたのを聞いて、ダスティンはチラリとそちらをみた。
あいつの心配をしている暇はねぇぞ、と伝えるために。
実際、見広という明確な攻撃対象を失った竜が何をするのかわかったもんではなかったし。
そうしようとして、ゾッとした。
ダスティンは、竜なんかよりもそちらに気を持って行かれてしまった。
「なっ……!」
何が起こっているんだ、とダスティンは口にしたはずだった。
おかしい。
明らかに何かが起きているのに、おかしい。
自分が何をしたのかわからない。
どうして、自分が口にした言葉が自分の耳に届かないのだ?
「……見広?」
初めて、初めてかもしれない。
ダスティンという不良の人間が、明確に嫌悪感を持った異性は。
あるいは同性の人間にですらこんなに剣を感を抱いたことはなかったかもしれない。
というより、これは違和感に近い?
「……見広?」
重く、重く。
何よりもずっと重たく。
同じ言葉を繰り返すリシアはまるで壊れた機械のようだった。
(くそっ。ここまでこいつはあのゴミを思ってやがったのか?)
自分よりも付き合いが浅いくせにふざけるな、なんて思ってみたが、それがなんの変哲もない現実逃避であるということにダスティンは気がついただろうか。
「おい、リシア。ここは危ねぇ、一回逃げるべ、k」
「見広? 見広? どこにいるの? 私ここにいるよ。あなたは死なないように頑張るんでしょう? 死なないで私の前にいてくれるんでしょう? シルルのようにはならないんでしょう?」
ギリリ、とダスティンは歯軋りして顔を歪ませた。
彼女を、気絶させてでも他の場所に連れていくべきだと思って拳を握りしめて。
変化はその時、刹那の時間に起こった。
「リ、シア?」
「……ダスティン、私は大丈夫よ」
笑ってリシアはそう言ったが、ダスティンはもちろんそうは思えなかった。
彼女の顔が悲痛に歪んでいたから、ではない。
もっと、もっと根本的な。
彼女の体にあり得ない変化が訪れていた。
「あぁ? その髪は、なんで黒?」
そう呟いたダスティンの言葉など、リシアに届いていなかったのか。
侵食。
リシアの髪から瞳から、彼女の持った剣からが黒に染まっていく。
藍色の美しい姿はそこにはなかった。
そんなリシアの自戒はただ一つ。
「許さない」
加速が一瞬で起こった。
リシアの姿がかき消えて、気がつけば竜と同じ目線の高さに彼女はいた。
漆黒の剣を大きく振りかぶって竜に殺意を向ける。
竜はそれに何を感じたのか、その場から一歩距離を取ってそれを回避した。
あの天智見広を圧倒した竜が、だ。
(いける、のか?)
ダスティンはリシアの行動理由こそ気に食わなかったわけだが、少しの希望を彼女に見出した。
しかし、そんな竜の動きを見てもリシアの動きは淡々としたものだった。
距離を詰めすぎず、体躯の小ささを生かした戦い方を繰り返す。
「許さない」
リシアの心を支配する、そんな感情。
竜は嬉しそうに首を高くに持ち上げた。
まるでそれを待っていたかのように。
翼が大きく広げられて、それは上空へと飛翔した。
リシアがそれを追うのは無理か、とそう思われたが。
展開されるのは無数の魔法陣。
それ一つ一つが、飛翔魔法の魔法陣。
竜が上空に舞い上がり、彼女もそれに続き。
魔法陣がさらに増えた。
十、二十、三十、四十……。
リシアという少女の実力さえもゆうに超えた魔法が無数に展開されていく。
「《千重配置詠唱=常闇の氷槍》」
冷気が、灼熱の竜に対抗するかのように冷気が当たりを一瞬支配した。
それでさえも竜は嘲笑うかのように熱気に変えてしまったが。
しかし、リシア自身そんなことを気にはしなかった。
千の黒色をした氷柱が竜を襲う。
竜が、吠え叫んだ。
空気が大いに振動し、周囲のものを全て木っ端微塵に砕き潰してしまった。
気のせい、だろうか。
竜が一度、嘲笑うかのようにその大きな口元を歪ませた気がしたのだが。
そして、おそらくそれは気のせいなどではなかった。
リシアが、空中で跳躍し竜との距離一瞬で縮めたにも関わらず竜はそれが分かっていたかのように攻撃を入れたのだから。
「許さない」
その巨体の攻撃をくらってもなお、リシアは宙に立ち続けていた。
否、呪いのように食らいつき続けていた。
彼女の額から血が流れてきているのだから、竜の攻撃を完全に受け流せたわけではないのだろう。
それでも彼女はそこに立っていた。
「リシア! テメェそれ以上は……」
よしてくれと叫んだが彼女には届かない。
ダスティンは、また舌打ちをこぼすと自分も援護に入ろうと思い……。
ガリッ、ガリガリ、ガリガリガリガリガリガリ____!!
聞こえたのはどこにでもある破壊音。
まるでなにかを削るような、そんな音。
「っ?!」
迫ってきたのは巨大ななにか。
いや、そんなことよりも。
これほどの音を立てている存在を回避できる限界の距離になるまで気がつくことができなかった?
違う。
そうじゃない。
これは、地面が地上のものを飲み込まんばかりに蠢いている?
「これもあの糞ドラゴンがやったのかぁ?」
辺りを焼いた、炎がこのドラゴンのシンボルではなかったのか。
炎と大地。
この竜はまさか宙にいようとも大地を支配してしまうのか。
「クソヤロウ」
魔方陣が展開される。
慣れ親しんだ、魔方陣が。
「永久炎は形を持たず。全てを焼ききる暴徒となりて。片面正義でありながら、片面悪質あわせ持つ。今万物を焼ききって、その名の強さを証明せんと」
そうしてダスティンが唄ったのは紛れのない詠唱。
そもそもここで戦闘をしているリシアが異常なのだ。
魔法というのは基本的に詠唱を必要とする。
その魔術を極めていけば無詠唱という芸当を行うこともできるのだが、いかせん学生の身でそこまでたどり着くことは不可能に近い。
普段ならば劣等感を少しでも感じたかもしれないが、今はそんなことを気にする暇もなかったか。
「《固定配置詠唱=終焉業火」
炎の柱が上がった。
熱波は術者自信にも伝わってきたが、そんなことよりも。
竜はそれを避けることはしなかった。気にも止められなかった。
「くっそが!」
それを見ていたのはリシアも同じだった。
驚愕こそしないものの、竜の魔法耐性を警戒するには至るような現象だった。
別にダスティンの魔法は弱かったわけではない。
むしろ今まで放ってきたどんな魔法よりも強大だったはずだ。
それを受けきられたことに、リシアは正気ではないにしろ驚いていた。
そういえば、見広はそんな一瞬の隙が相手からの猛攻を許すきっかけとなったのだったか。
「だめだ、動きを止めてんじゃねぇよ! ぶっ殺されるぞリシア!」
ダスティンがそう叫んでいるのを耳にした気がしたリシアだったが、時既に遅く。
攻撃がヒットする瞬間、彼女は正気に戻る。
あ、と間抜けな声をだしてそれで、ギュッと目をつぶって。
だからその瞬間をリシアは見ることができなかった。
正気に返ったリシアを食おうとした竜の顎に、飛翔したそれは何だったか。
「へ?」
それは、黒塗りの剣。
ただし、リシアの構えた偽りのそれではない。
もっと繊細な模様が、丹精込めて掘られたような。
見たことがない、とは言わせない。
そんな剣が、竜の鱗さえも突き破って。
声が、近づいてきた。
「其は神々をz奉る。異界の地より舞い降りて、親しき者への慈悲に舞う。定めに抗い天をも喰らう。かくて世界は夢を見る。幾千幾万、揺るがぬ終わり。今それさえも朽ち果てる」
まるで歌っているような。
これは魔法の詠唱なのだろうか。
是、その声の主はとても声が届くはずのないような場所から声を届けていた。
血まみれのその体で立ち上がりながら。
不敵に笑って。
「ドラゴン様よぉ。それにリシアたちも、何勝手に死んだことにしてくれてんだ」
首をゴキリと鳴らして。
「なぁ、俺のいた国じゃ食事の後はこういうんだよ。ご馳走様」
正真正銘、天智見広が、そこに生きていた。
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