第19話 暴君
「な、なんだぁ?」
一番最初に驚愕の声を漏らしたのは、吹き飛ばされた見広ではなく、意外にもダスティンであった。
吹き飛ばされた当人に至っては、少しだけ凶器に塗れた顔でニヤリと歪んだ笑顔を浮かべていたのだが。
まぁ、最初の登場としてダスティンのその表情は悪くはなかったんじゃないかと見広は思う。
だって、目の前のそれは味方であるはずのゴブリンもろとも見広を最も容易く攻撃したのだから。
《魔を喰う者》で強化された、個人戦ならば圧倒的な力の暴力を振るう見広を、だ。
見広自身、吹き飛ばされた瞬間に何をされたのかなんて理解するには至らなかったし、そもそも自分が吹き飛ばされたという事実を認知できたのは、建物の壁に叩きつけられてからだった。
ガハッと、大量の息と共に体液が口から漏れて見広はそれを拭い取ってから立ち上がった。
悠々と、まるで見下すかのようなその道なる敵の全体像を確認して、そうして見広は苦笑いをこぼす。
まぁ、こいつにだったら吹き飛ばされて当然なわけだな、と見広は思った。
その巨体はゆうに高さ五メートルを超えていた。
その巨体の全長は十五メートルを超えていた。
背中には、その本体をいっそのこと小さく感じさせるほどの巨大な一対の翼がついていた。
その色は、清々しいまでの黒だった。
ピクンと、見広の両手が本人の意思に逆らって反応した。
その巨体から空気中に溢れ出している魔力を、全てくらい尽くさんとばかりに。
美味しいご飯を見つけたと言わんばかりに。
見広からすれば、それこそ生理現象に近い物だと、最近は気にしなくなってきたことだったが。
そこにいたのは、矮小な人間を見下す巨大なドラゴンだった。
(西洋の最強種、か)
龍や竜、ドラゴンというものが登場する物の特徴として、ほとんど全ての作品においてそれらは最強格の一種に存在する、というものがあった。
例えば、中国の青龍。
ヨーロッパ系の伝承に登場するそれ。
どれもをとっても、人間には比べものにならないほどの力を要していた。
もっと顕著なもので言えば、異世界転生系のラノベ____大部分例外を除く____もそうだろうか。
(その地球の常識がここでどれくらい通用するのかは知らないけど、少なくともこれは……!)
尾による横薙ぎが一閃。
ダスティンとリシアはそれをギリギリのところで回避できたが、みひろに関しては。
「こいっつ!!」
思いっきり範囲内に止まってしまった。
いや、少し違う。
見広だけ、どうしても回避できない位置であったのだ。
しかも、最初の攻撃が地味に響いていて見広は迫り来る尾にまた体をぶつけて吹き飛ばされた。
(俺が、この場において一番おかしな能力を持っているって、わかってやがるのか?!)
魔物、というもの全般に知性があるのかは知らないが少なくともこの目の前の竜にはあるのだろう。
あるいは、あの竜の本能が見広の魔力を喰らうという異質な異能に引きずられているのか。
どちらにせよ、一つだけ今の攻撃でわかったことがある。
この竜は今の所、見広以外を狙うつもりがない、と。
「上等じゃねぇか」
口の端をわざとあげて、恐怖という感情を胸の奥にしまい込んで。
見広は流石に自身の体だけでは不利だと感じたのか、腰に下げていた短剣に手を伸ばした。
いや、それは。
「あの精霊の野郎が住んでたんだ。ただの剣じゃないとは思っていたけど、こんな物だったとはな」
短剣だったはずのそれは、刃が真っ直ぐに伸び一本の片手剣を形取っていた。
ハハッと面白そうな笑みが思わず見広から溢れて、それに応えるように剣が光を反射した。
「お前にはどんな力が宿ってんだ?」
そう言って、見広は剣なんて使ったことはなかったけれど。
もう一度迫ってくる尾に対して、跳躍した。
一度跳躍しただけでは高さが足りなかったから、竜の鱗に剣を引っ掛けてその勢いを利用する形で。
それはその後、見広の後ろまで振り切られまだ残っていた建物を倒壊させたが。
「後ろから、帰ってくるぞ?」
「あぁ、わかってるよ」
聞こえたような気がした声は、どこかで聞いたことがあるような。
そんなことを思ったが、考える暇はなく見広は今度は体を極限まで屈めて返ってきた攻撃を回避した。
「っおっと」
風が靡いて転びそうになったことを除けば我ながらいい回避だったな、と自己満足の自画自賛をしてから見広はまた剣を構え直す。
「ただ、硬いんだよなこいつ」
跳躍時に剣を入れ込んでみて、それを確信した。
かなり体重がかかったはずなのに、やつへ剣が突き刺さる気配はなかった。
「_____さえしてくれれば」
何かを見広が呟いたが、それよりも先に竜が動いていた。
今度は尾での攻撃ではなかった。
その顎が見広を飲み込まんばかりに迫ってくる。
いっそのこと、噛みつかれる前に飛び込んでやろうと思った見広だったが、口の中が見えてしまって頬を引く釣らせたまま飛び退いた。
(……口の中が歯で覆われているとかどうにかしてるだろ)
この世界はどうにも殺意が高すぎるのではないか、と見広は再び思った。
しかし、それは竜にとっては当たり前のことで知ったことではないのか。
どうにか、竜の攻撃を弾きながらも見広の足はどんどんどんどん後ろへ下がっていく。
見広はその先へ進まれたらだめだ、とそれを知っていた。
(リシアたちが攻撃範囲内に歯言っちまう!)
差し出された顎を体を逸らして回避した。
ついでに見広はありったけの力を込めて殴ってみたがやはり効果は薄いようだった。
というか、そもそもの話。
見広の攻撃がダメージとして蓄積されているのかも不明だったが。
「それでもっ!」
それでも見広は攻撃を繰り返す。
体の痛みに耐えれなくなるまでは、ずっと。
あいにく、竜から溢れ出てくる魔力のおかげで|《魔を喰う者》による《身体強化》の権能が途中で途切れることはない。
それと同じで、多少打撃攻撃をされてもすぐに死ぬようなことはない。
あの顎にとらえられたときはどうなるのか、想像するだけで怖かったが。
それよりも、
(シルルの時の二の舞のならないようにって決めてるだろうが、俺!)
だから、見広は無茶をしてでも立ち上がる。
他人に頼ることはしない。
否、手伝ってくれの一言も口にできないほど身体的にも、精神的にも余裕がないのか。
そんな見広は、知らず知らずのうちに呼吸を短く繰り返しながら、攻撃を回避し続ける。
(十二時の方向、三時の方向。十一、九、もう一回三!)
目の前の超常にだけ意識を集中させて。
いわゆる、一種のゾーン状態と言う者だった。
避けきれない、と判断した攻撃は剣で受け流すか、あえて自分から受けることで威力を分散させている。
危険な橋を渡っていた。
なんなら、今それが成功していること自体が不思議なことでもあった。
だってそうだろう?
剣なんてろくに使ったこともないような人間が、そんな簡単に剣術を扱えていいはずがないのだから。
実戦の剣というのは、剣道ともまた違うわけであるし。
結局、結論はこうだった。
一瞬でも気を抜けば、今の戦況は容易く見広の敗北に変わってしまう。
ピンッと、見広の顔に赤い何かが広がった。
すでに魔物のそれで汚れてしまっているからこそ、多くから見てもはっきりとわかる。
人間の赤い血が、宙を舞った。
そこで、あ、と呟いたのは果たしてリシアだったか、ダスティンだったか。
あるいは見広だったか。
リシアたちからは一瞬、見広の表情が歪んだように見えただろう。
まぁ、それは間違いではなかった。
「痛っ!」
____右目に、血液が入ってきた?
それが、集中力を阻害する要因となった。
痛みにかけられ、視界の右半分が赤黒く変わって。
一瞬動きを止めた先にそれはやってきた。
「ガハッ!!」
声にならない声をあげて、見広は三度中を舞う。
しかし、今度は他二回の時のように受け身を取ることができない。
具体的にあげるのなら、右も左も上も下も、そこがどこなのか見広は近くすることができなかった。
ダメ押しとばかりに。
悍ましい量の魔力が、竜の口に集まる。
《竜の吐息》。
それは、人間一人など跡形もなく消しとばす。
それに対して叫び声以外は、たった一つ。
「いただき、ます」
弱弱しながら、異質な声だった。
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