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第1話 異世界

 だだっ広い、あの異空間では感じることのなかった空気の流れというものを肌で感じ取って、見広はその両目をゆっくりと開眼した。


 急に明るいところへ放り出されたらしく、眩しさで目を開けるのに時間がかかってしまったのだ。


 しかし、そうやって時間をかけてでも目を見開いた先は緑に囲まれた自然豊かな光景だったので、ほぅと感嘆の息を大気中に漏らした。



 心なしか、酸素の濃度が高いような気がしたし、元々住んでいた東京の街とは少しだけ空気というものの味が違うような気がした。簡単にいうのなら、田舎の山や森林の中のような。


 時計はその場になかったが、太陽がその空の真上に差し掛かっていたのでどうやら今は真昼間らしかった。


 南中した太陽を見つめて、目を焼く前に見広は辺りを見渡してみる。



 やはりそこには、徹底された完全な大自然。

 東京の、それも割と人口密度の低い場所に住んでいた見広だが、それでもやはりここまで徹底した自然を見ることはなかった。



 大地には淡い青色の小さな花や、赤色の花が点々バラバラに散らばっていたり群生していたりと見る者をまるで落ち着かせようとしているようだった。


 遠くからは鳥の鳴き声のようなものが聞こえてきて、それでも車や電車、飛行機などの音は一切することはなかった。



(ここは東京じゃない……。いや日本でも、ましてや地球ですらないのか)



 なんの前触れもなく、なんの説明もなくただ少しの忠告をされただけでこんなよくわからない場所に飛ばされた、と言うのを理不尽に感じながらも見広はどこか納得する。




「異世界、か」




 多分、他の人間だったらもっと混乱するはずだ。


 あるいはある一定のオタクどもなら大喜びしてはしゃぐのかもしれない。


 しかし、今回の見広に至ってはそのどちらでもなかった。

 ただ冷静に自分な置かれた状況を的確に判断して最善の手段を取る。


 高校生らしからぬ、とその落ち着きようを評価する分には全く問題がなかったが。



(なんとなく、だけどこの場所は初めてのような気がしない……。これが未来の俺(あいつ)の言ってた記憶の追体験、か)



 最初のスタート地点はあいつと一緒なのだろう、と見広はそれに苦笑した。

 それから、適当に体を動かしてみて違和感がないことをちゃんと確認する。



(この世界でも体はちゃんと動くな。変なデバフがかかってないといいんだけど)



 それでも若干心配になりつつ、ため息をついていると不意に後ろから声をかけられた。



「えっと、あの。何をしてるんですか?」



 消え入るような少女の声。


 と言うよりは、かなり距離が空いているのかつ、風が吹いているからそう聞こえたのだろう。


 見広は一瞬、自分が話しかけられているとは気が付かなかった。


 もう一度周囲を見渡してみて、その少女しか他人がいないことに気がついて、ようやく自分が声をかけられたのだと理解する。



「……え、俺?」



 まさか話しかけられるとは思っていなかったので、なんか間抜けな声が出た。


 少女の方はそんな見広に「あなたしかいないじゃないですか」と、おそらくため息をつきながら言った。



「えっと、見ての通り運動をしていたんだけど」


「それくらいは見たらわかります! 私があなたに聞いているのは何をしているかって言うのが本題じゃなくて、どうしてここにいるかってことです!」



 はぁ、と見広はその言葉に首を傾げる。

 そもそも、自分がどこで体を動かそうが運動しようが他人に介入される道理はないのではないだろうか。


 ……いや。



「もしかしてここ、立ち入り禁止区域だったか?」



 可能性としてはありそうなことを、思い至って口にした。

 少女の方はそれを聞くと諦めたような顔をして、見広のそれに回答をする。



「別に、立入禁止区域ってわけではないのですけど……。いえ、立ち入るのは相当の勇気が必要な場所ですよ、ここ」


「どう言うことだ?」


「ですから、ここには最近《ゴブリン》の巣ができたおかげであなたのような一般人は近寄らないんです」



 今、何か不穏な響きの単語が聞こえたのは気のせいだろうか、と見広は若干冷や汗をかいたが、すぐに別の疑問が頭の中に思い浮かんできて怪訝そうな顔になる。



「一般人が近寄らないなら、お前はどうしてこの場所にいる?」



 まさか、そんな華奢ななりで一般人以上の戦いができますとは言わないだろう。

 少女は、そのことに気が付かれたことに苦笑して言い返してくる。



「私の場合は、仕事柄ここに来なきゃ行けないんです」

「……仕事、か」



 見た目、十五、六のその少女から仕事という単語が出てきたのは少し意外だった。


 日本では中卒と呼ばれる人間たちに分類されてしまうことになるのだろうが、この世界ではどうなのだろうか。



「仕事ですが、どうしました?」


「____いや、俺と同じような年齢なのにきちんと働けるところはすごいな、と」


「えっと、お仕事をサボっていらっしゃったので?」



 意外そうな目を向けられて、見広はううんと首を横に振った。



「俺の場合は、十五で進学を選んだからな」

「進学……ですか?」


「あぁ、こっちにはないのか? 最低限学ばなければいけないことを学ぶ学校を卒業したら、次はちょっと難しい学習をするところに行くんだ」



 へぇ、真面目なんですねとさっきよりも意外そうな目を向けられて、自分がどんなふうに見られていたのか図らずとも理解することとなってしまった。



「そんな人がこんなとこ____」

「静かに」



 シッと唇のところに人差し指を立てながら突然見広は言う。


 少女はどう言うことかと驚いていたが、見広の尋常ではない警戒の仕様に口をつぐんだ。



(何か……いる。こっちに少しずつだけど、殺気を持って近づいてくる)



 ガサリ、ガサリと草をかき分ける音が聞こえてきた。



(隣の森の中からか)



 少女も何かに気がついたらしくジリジリとその身を森の方から後退させていく。

 その瞬間、茂みの中から人間の子供サイズの小鬼が飛び出してきた。



「こんな近くに、ゴブリン?!」



 少女が、ヒィと顔を真っ青にしながら言った。

 なるほど、これはゴブリンだなとその体を見ながら見広は理解した。


 突然の、奇襲にすら近い攻撃だったが彼はそれを受け流すことに成功した。



「ギギッ、「ケケケ」」



 それが気に入らなかったのかゴブリンは、否、ゴブリンたちは一斉に見広の周囲に集まってしまった。



(数は三匹……。この世界のゴブリンの基準がどうなっているのかよくわからないけどそこまで多くはないな)



 一斉にかかってきたとしても、たかが人間の子供三匹程度。

 ちょっとくらいそれよりも力が強いとしても……。



「気をつけて!」

「?!」



 そう言われなければ、死んでいたかもしれない。

 咄嗟に転がって避けてそれでも左腕を微妙にかすってしまった。



「冷たい」



 それで感じたのは、そんな感覚だった。


 攻撃されたはずなのに、冷たいとそう感じてしまうのはどうしてだろうか、とその方向を見ると。



 影が。



 圧倒的な質量を持った物体の影が見広の上に覆い被さった。



「嘘、だろぉ?」



 それは、どこにでもあるような水だった。

 だとしても、その量はおかしい。


 人一人と同じだけの水量、なんてものではなかった。



「逃げて!」



 少女が、そう叫んでいるが逃げたところで逃げ切る前に上からボトンと落とされるだけだろうとそう思う。


 というか、ゴブリンって序盤に出てくるタイプの弱い魔物なんじゃ、とそう思ったが……。



「そういや、どっかの親友が言ってたな。《ゴブリンメイジ》っていう上位種が存在するとかなんだとか」



 呟いた瞬間に、水砲は落ちてきた。


 くらえば衝撃で骨ごと砕けるであろう攻撃に対して見広は、咄嗟にかつある一種の余裕を持って両手を掲げる。




「本当に、信じても大丈夫なんだろうな未来の俺。これで死んだら、俺マジで泣くぞ?」




 しかし、その手が水に触れた瞬間。


 その瞬間に、それだけで見広の力は開花した。



 忽然と、あるいは必然的にその膨大な質量の全てがかき消された。

 いや、言葉を言い換えよう。



 天智 見広がその攻撃そのものを喰らったのだ。



 ニヤリと、不思議な高揚感にさらされながらも見広は敵に向かって笑みを浮かべる。



「ご馳走様でした」

 

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