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第18話 始発

 天智見広が思うに、この世界は少々自分に対して辛辣すぎないだろうか。

 まるで、自分の精神を殺しにきているとしか思えない。


 そもそも、シルルがこの世界に来て数日たたずして殺されるわ、この厄災が起きるわ。

 まるで自分がどこかの主人公のような事件の中心に巻き込まれるとは思っていなかった。


 この世界でこんなことが起きる頻度がこれくらいなのか、と考えてみたが周りの表情と焦りを見るにまったくこんなことが起きなかったのだろう、という謎の確証を得た。


 それで、見広がどうするのか、と言われれば簡単だ。



(俺の目の前に敵として立つ奴を全員ぶっ殺す!)

 


 これもこの世界に来てからの見広の一つの心情の変化だった。

 以前、地球にいる頃はあくまでもぶっ倒すだったのが、ぶっ殺すへと変化した。


 殺意というものが純粋に染まった。


 透き通らんばかりの殺意。

 しかしシルルの仇を打つため、敵対心の一線を超えた感情に、振り回されたあの人は違う。


 誰かのために殺意を向けるのではなく、自分の日常を守るという自分勝手な判断で力を振るう。

 見広はそれを自身で再確認し、貰い受けてから毎日ひっそりと腰にぶら下げていた短剣の柄をゆっくりとなぞった。



「……行くか」

 

 

 他人よりも、一足早く見広は一歩を踏み出した。



「待って!」



 しかしその行動の前に、背中側から静止の大きな声がかかる。

 見広は、そちらをチラリと振り返った。


 そうして、藍色の髪の親しくなった少女の姿を視界に入れてその静止を見広は聞かなかったことにした。



(ここでウジウジ迷っていたら取り返しのつかないことになるかもしれないんだ)



 心の中でそう言って、それを口にすることはしなかった。

 見広は知るよしもなかったのだが、実はこの行動ができたのは今代の見広だけだったりもする。


 そう言った意味でも、見広は今この瞬間だけは自己利益のためだけにつき進む人間へと心を変化させていた。



「ギギッ!」「ギゲェラ!!」


「うるせぇよ。雑魚が、俺に敵対するんじゃねぇ」



 抜き取られた剣が基軸を描き、目の前に降り立ったゴブリンを切り裂いた。

 異常なまでに切れ味が鋭いことに苦笑しながらも見広は次の獲物を目にする。



「はぁ!!」



 またそれを殺して、殺して。

 なおも前に進み続ける見広は、学園の敷地の外。


 つまり民間人のいる場所まで降り立って。

 そこにも、うじゃうじゃと魔物が街を徘徊していた。


 見広が美しいと思った景色はこの数十分間で跡形もなく消え去ってしまっていた。



(まぁ、そうだろうな)



 しかして見広はそれをみてもなお何も感じなかった。

 感じようとはしなかった。

 それを感じるだけの感情は、心の奥に押し込んでしまいたかったから。


 この辺りに鉄錆くさい人間の血の匂いが充満していないのは、一重に騎士たちの先導のおかげか。



「まぁ、心置きなく殺せるな」



 魔石を喰らって力となせ。

 剣など今はもう必要がない。


 自身の手と爪と、全身とで穿てばいい。

 宣言のように、見広はその強化された筋力でゴブリンの首をもぎ取った。


 魔石もついてきたのでそれを手で触れて吸収する。



「次は、お前が獲物だ!」



 さらに襲いかかってきたゴブリンの胸を貫いて。

 死角からの攻撃が見広の背を少しだけ傷つけた。



「ぐっ!」



 それでも、さすがは魔石を食って強化された体なのか。

 それだけで済んでいるというのが割と異質だった。


 振り返ってそれの首を蹴り飛ばして。

 見広は舌打ちした。


 いかせん数が多すぎる。

 個々の戦力ならばゴブリン如きに負けるはずのないほどの身体能力を誇る見広だったが、数の暴力という言葉通りだなと感じた。


 一度後退してから、なんて考えたがその前に傷をつけられた背がずきりと痛んで。



「っラァ!」



 無理やり、見広はゴブリンの死体を投げつけることでそれに対処した。



「ギギぇ!」「グェグェ!!」


「後ろからもっ?!」



 流石に後ろの敵に対応するほどの余裕は残していなくて、多少の自傷は覚悟したがその前に。

 目の前の敵が吹き飛んだ。


 これは、



「爆発……?! いや、違う!」



 誰が何をしたのか、見つけようなんて考えて。

 それよりも先に叱責。



「馬鹿。馬鹿見広! あなただけ先に突っ走って、死なれたら私がシルルに呪われるわよ!」



 藍色の髪を揺らして、少女が空中に数個の術式を展開していた。

 構えられた剣先からも何か神秘的な術式が発動しているのか。



「リシ、ア?」

「私がどうしてここにきたか、なんて野暮ったいことは聞かないでね!」


 隣まで駆けつけてくれて、魔法を使ってゴブリンを迎撃してくれる。

 でも、どうして。



「俺は、お前の忠告を……」

「そんなことを言っている暇があったら、早く体を動かして! 私は魔法の連発が得意じゃないんだから!」



 チッと見広は舌打ちを返した。

 若干ダスティンに似てしまったな、なんて馬鹿なことを思いながらも。



「ったく、マジでぶっ殺すぞゴブリンども」



 また一歩、前へ踏み出した。


 拳が行き着く先は純粋な殺しの行為だと分かっていながらも、見広は嬉々してその切先を敵に向けた。

 血飛沫をまた浴びてしまったが、そんなこともう気にならないくらいには浴びてしまっていたた。



「見広、あんまり無茶はしないように!」



 リシアがそう言ってくるが、



(……この数の魔物に無茶せずに戦うのはいささか無理があると思うけどな)



 現実を見据えて、見広はそう思った。

 しかし、それはリシアなりの見広への暗示だったのだろう。



「わかったわかった。死なないように頑張るわ」



 また、人ならざるものの首が跳ねる。


 ところで、だ。

 見広は先に飛び出してしまったからわからないが、他の生徒たちは結局どうしたのだろうか。


 彼らが黙って逃げ出すことはあり得ない____学長がそれを許さない____だろうが、リシアのように最前線に見広と立っている、なんてこともないだろうと思う。



(となると、後方支援か)



 考えて、無数の光が降り注いできた。

 それは一見無差別に見えて、無差別ではなかった。

 見広たちの攻撃が行き届いていない場所。


 つまり、敵の方にだけそれは降り注いだのだ。



「テメェよぉ。一人で勝手に突っ走ってんじゃねぇよ!」

「……お前にだけはそう言われたくはなかったよ、ダスティン」



 烈火。

 爆風と共にそれが舞った。



「テメェの拳は単体でなら怖いもんかもしれねぇけど、集団戦に向いてねぇんだよ、クソが」

「お前に関しては魔法の範囲を広げすぎて撃ち漏らしがあるじゃねぇか」



 心臓を貫く音が一つ。

 その場は殺伐としていたが、この二人だけはメンチを斬り合っている。


 余裕がある、というよりこの二人はこの場の雰囲気に飲まれないように知らず知らずのうちにそうしているのだろう。


 いや、普段からこんな感じではないか、という疑問は一度大きな棚に上げておいて。



「ま、たまにはテメェみたいなクソを援護するのも悪くはねぇなぁ」

「毎回思うけど、そのクソっていうのやめてくんない?! 俺はうんこじゃねぇんだよ!」



「あぁ? じゃぁゴミでいいか」

「それ言い方変わっただけで、俺を貶していることに変わりはないんだけど?!」



「あったりめぇだ。テメェに俺が敬意を払う理由がねぇんだからヨォ!」



 ひでぇな、という見広の叫びは歪な、魔物の声によってかき消されていく。

 元より、ゴブリンという魔物の声が人間に不快さを感じさせることは承知していたのだが、ここまできたらもはや何も感じなくなってしまっていた。



(くっそ……。最初の方にゴブリンに攻撃された背中がまだ痛い)



 出血多量で死ぬとか、まさかないだろうな、なんて不吉なことを考えながらも拳を握って見広は目の前の獲物を殺す。

 途中からは何も考えずに、ただ敵対する者を駆逐する。



 そういえば、と見広はチラリと空を見上げた。



「あの魔法陣はどうして展開された?」



 魔法陣は自然発生するものではない。

 何かの生物が、何かの要因を持って意図的に発動させるものだ。


 例えば、ダスティンやリシアといったような魔力を持った人間が自分たちの知識と感覚を使って繊細に組み上げていくように。

 例えば、魔物が自然界で受け継がれてきた本能を酷使して爆発的に発動させるように。


 当然、魔力を喰らう力を持った見広はその力を使うことはできないが。



(だって、あの規模の魔法を発動させるのに必要な魔力を供給するのに、いったい人間何人分を使えば)



 学長という例外を除けば、この規模の魔法を一人で発動させることはまず不可能だと見広は直感的に思った。


 では、その学長が犯人なのかと言われれば、そんなことはないだろうと見広は考える。

 だって、あの人間がこんな回りくどいことをするはずがないから。

 こんなことをするくらいならば、彼女が初めから一人で戦った方が効率はいいはずだから。



 だから、

 だから、だから、


 だから____。



「っ?!」



 不意に一際大きな殺気を感じて、見広はその体を捻った。

 が、《魔を喰う者(マナイーター)》を構えてもなお、見広はそれからの衝撃を防ぐことは不可能だった。


 弾き出されながら、見広は顔を歪ませる。



「やっぱり、ゴブリンどもなんて副産物だったのかよ!」

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