第15話 ターニングポイント
「ハハッ、それは辛辣なことだねぇ」
言われてしかし、けいはおどけたようにそう返すだけだった。
飄々としたイメージはあったがまさかここまでだとはさすがの見広もよそうはできなかったか。
正面にいる人間を呆れた顔で見つめていると、けいが口を開いた。
見広に、ではない。
「聞いてるだけじゃなくて、こっちに来たらどうだい?」
煽るようなその物言いにあからさまな舌打ちが一つ聞こえた気がした。
ドアが開かれて、一人の生徒が入ってくる。
「……ダスティン、か」
入ってきた生徒が見覚えのありすぎたので思わずその名を口にする見広。
対していわれた方は見人の方へ視線を軽く流すと面倒臭げにはぁ、とため息をついた。
決闘以来、会ってなかったがそのことが悔しいのかもしれない。
いや、それはないかと見広は考えを否定して、代わりに思い浮かんできたのはもちろん疑問だった
「どうしてこんなところにいるんだよ、ダスティン」
「____俺からしたら、テメェがこんなところにいることが想定外だったんだけどよぉ。俺からも聞くぜ? どうしてテメェはこんな場所にいる?」
あぁ? と、どこかの不良が年下にきく口のような____不良であることは間違い無いのだが____言い方をしてきたが、それに怖気ずくような見広ではさらさらなかった。
「生徒じゃないんだし、俺がどこにいようが別に勝手だと思うんだけどな……。ま、そこにいるけいとお話をしてただけだな」
「いやぁ、久しぶりだねダスティンくん。最近は授業にサボらず出ているようで何よりだよ。そこの見広くんにでも感化されたかい?」
彼は表面上は真面目な性格だからね、とけいが言った。
表面上ってなんだよ、と見広は突っ込んだが、なんせ的を射た言葉だったため言葉を詰まらせかけたのは内緒だ。
そんな掛け合いに対しても、ダスティンは舌打ちを返してきた。
(こいつ、喧嘩を売ることと舌打ちしかできないんじゃねぇの?)
割と真面目にそう感じた見広だったが、そんなことはない。
そう、決してそんなことはないのだ。
「ところでダスティンくん。頼んでいたものは持ってきてくれたかい?」
「クソが。俺がこいつに負けてから、好き勝手使いやがって」
「だって、そういう賭けだったじゃないか。負けた方は、勝った方の言うことをなんでも聞く。負けたのはそっちだろう?」
「……なんつうベタな賭けの内容だよ。リアルでやってるやつ初めて見たわ」
見広は二人の会話を聞きながら、驚いたようにそう呟いて。
そういえば、と思い出したかのように見広は問う。
「けいでもダスティンでもどっちでもいいんだけどさ。真面目に考えて、俺が食らった魔法って最後にはどうなっていると思う?」
二人が、一瞬呆けた。
いや、何を言っているんだこいつはと呆れられたと言った方が正しいのかもしれない。
見広だって、滑稽な質問を自分でしていることはわかっていたが、それよりも今疑問に思ったことを解決しようとせずにはいられなかった。
「そりゃぁ、食べたんだからエネルギーになって消えていったんじゃないのかい?」
当たり障りのない答えが、けいの口から返ってきてそれには見広もそうだろうな、と頷いて。
「でも違うんだ」
「あぁ? 何が違うって? テメェ、言っていることが矛盾していることにも気がつけねぇくらいのバカだったのか?」
「いや、俺は自分を馬鹿とは認めねぇけど。けい、お前ならわかるんじゃなかと思ったんだけどな。……俺の《魔を喰う者は確かに魔法を食うけど、喰うだけなんだよ」
見広の主張にけいがわずかに目を見開いたのを、ダスティンは見逃さなかった。
怪訝そうな目を二人に向けながらも、しかしその話には興味があったのかどこかへ去っていくような事はしなかった。
「見広くんは、喰らうだけっていうのが引っかかったと?」
「そうだよ。だっておかしいだろう? 人間は有機物が無機物に変化したら体外へ放出するし、体の中のいらないものは排泄物となって同様の処理が行われる。けど、この異能はそんなことないんだよ」
「魔法が、体外へ放出しなければならないほどの異物を含んでいない、と考えたら?」
「それこそおかしいと思うけどな。魔力ってのが実際どういうものなのかは俺は知らないんだけど、体内をきちんと循環する異物のないものとは考えにくい」
例えばその例としてあげるのならば、常時魔力が体外へ流れ出ている学長だろうか。
《魔力制御》をするのが面倒だという理由であれは垂れ流しているわけだが、やはり《魔力制御》をしなければ体外へ常に放出されるのだ。
「じゃぁ、それが答えなんじゃ?」
「それがそうでもないんだよ。使い終わったり異物として判断されていらなくなった魔力が体外に放出される性質を持っているのならば、どうして俺の両手は反応しない?」
使い終わった魔力が空気中に霧散していくのならば、少なからず見広の異能が反応するはずなのに。見広の身体強化がエネルギーに変換された魔力、ということはわかりきったことだが。
「それじゃぁまるで、魔力そのものが消え失せたようじゃないか」
何をふざけたことを、とけいが嘲笑った。
ダスティンの方は別に消えてもいいじゃねぇか、みたいな顔をしていたが、けいと見広は違った。
「ありえないさ、見広くん。いくらこの世界が僕たちのいたところとかけ離れていたって、質量保存の法則が覆ることはない」
「でも現に、俺のこの両手はそれを覆しかねない力を持っているんだ」
見広は魔法を食らったとしても、そこに質量は感じない。
「だったら、見広くんの中に魔力を貯めて置ける器官が存在していると仮定した方がいいね。通常、魔力が溢れかえっているその状態の底がきっと見広くんは空に近いんだ」
「……っ、どこまでいっても仮定の域を出ることはない、か」
「だろうね。そもそもその両腕の力の本質を僕も、見広くんも理解することはできてはいないんだ。泥沼化して当然の議論だよ」
ダスティンだけは、最初から最後まで目を白黒させていたが、地球人二人はとりあえずそういうことで討論をやめた。
《行間》
そして、
そしてそして、
そして____。
そんな何の収穫もない討論を彼らが繰り広げている間に状況は刻一刻と変わり始めていた。
人知れずひっそりと聳えるその小さな山の頂上が、まるで夜を帯びたかのように暗闇を呼んだ。
溢れ出してくるそれは、見たものだけでなく近くにいる人間全てを不快にさせる。
が、しかしその以上事態に立ち向かおうとする人間は誰一人としていなかった。
その黒の異常性を目にしてから、誰もが正気というものを失ったのだから当たり前といえば当たり前なのかも知れないが。
逃げ惑う人間に、逃げ惑う人間がぶつかり合って逆に移動速度を遅くしているということに気が付かずに。
「ギギッ、ギチチ。ゲッァラ。ガァァァァ!!」
遠く、それでもかなり近い寄りの場所で何かの遠吠えが聞こえた気がした。
オオカミがおこなう仲間との意思疎通用のというよりは、雄叫びと言った方がしっくりくるような自然の恐怖の声が。
ギチギチと、それに共鳴して空気が揺れる。
ごく微細なもののように感じたのは周りがそれだけうるさいからか。
それが空へと翼を広げた。
厄災が動き出す。
「まさか____っ?!」
都市からは少しだけ離れた西方の町。
故に、王都からの近衛騎士やその他の騎士の派遣が追い付いていない場所。
その村の総人口は数百人にも満たないものだったが、だからこそ彼らは心の内で同じことを考えていた。
恐怖、とはまた違う。
それを通り越して、まるで脳が理解できないとでもいうかのように。
暗黒に忍ぶ悪の翼が、何も知らない村へ襲い掛かる。
「まだ、シルルを殺したからと終わったわけではない。始まるぞ、我々の舞台が!」
その夜、一つの村が消え去った。
跡形もなく粉々に。
なにかもわからないような、大きな傷跡を残して。
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