第10話 決闘
朝、起きてみるとその日が晴れで少し見広はため息を着く。
こんなに晴れの日を恨んだことはないと思う。
「あぁ……なんで決闘なんか受け入れたんだよ俺は……。面倒くせぇ」
あくまでもそれは、面倒くさいという感情で見広が怖じ気付いたわけではないが。
そもそも男同士、拳で語り合うのを見広はどちらかというと歓迎している方であるのだが。
さて、と頬を叩いて改めて気合いを入れ直す。
パチンと乾いた良い音が部屋のなかを微かに木霊し、そして残響なく消えていった。
「リシアに格好いい姿を見せたいのはこっちだって同じなんだよ」
しかしそれが恋愛感情に発展するようなものかと言われれば、それは否だ。
恋愛というよく分からない感情に支配されて、自分のことが疎かになるのが怖いのかもな、といつかの見広は思ったものだ。
「意図せずに手に入れた力だけど……魔法世界じゃこれは役に立つしな」
両の手に宿ったそれを思い出して、知らぬ間にそうつぶやいたのはなぜだったのか。
「見広?」
もはやノックもなしに部屋へ入ってきたリシアを見て見広は苦笑を漏らした。
彼女に自分が親しい人間だと認知されるのはいいのだが、どうにも身内みたいな感覚で接されると困ってしまう。
あえて突っ込まないスタイルを貫くことを心に決めていたが、どうにも近日中に注意が必要かもしれない。……それはそうと、
「お前、なんか疲れてねぇ?」
見広は、覇気の少ない彼女の顔を見てそう疑問を発した。
それに、やはり疲れているような声をこぼしたリシアは、力無くエヘヘと笑った。
「ちょっと、頑張りすぎちゃったかな?」
決闘の準備にだろうかと思ってそれを見広が聞くと、ううんと首が横に振られた。
「シルル関係の調査があのあと入ってね。それで……」
「____あぁ、そういうことか」
そりゃ大変になるわな、と見広は口に力を込めながら吐き捨てた。
あの事件は、すぐに解決した事件とはいえど街中に魔獣が侵入をしてきたという事実に変わりはない。
衛兵や、その他の警備員等等が街の警戒を強めるのは道理に適っているが、リシアまで赴くほどの必要性を要していたのだろうか。
「私の場合は、それ以外の用事もあったから遅くなって____」
「えっと、それは大丈夫なんでせうか?」
「なんか口調おかしくない? ……大丈夫だとは思うけど、ちょっと回復魔法をかけたい気分ね」
回復魔法……疲れまで取ることのできる便利な魔法があるのか、と見広は目を見開いた。
ちょっとごめんねとリシアはいって何やらをボソボソと呟いた。
するとリシアの体を魔法陣が覆い、淡い光を発する。
「それは?」
「ん、初歩的な回復魔法の一種ね。本当は満月を魔法陣の象徴にする方法が私は一番得意なんだけど、どうにも今の時間帯は太陽を象徴にしたほうが効果が上がってるのよね……」
リシアが答えたのは、魔法陣の中心を形取ったその図形の意味らしかかった。
ほへぇと、見広は口を開きながら声を漏らした。
「となると、さっきボソボソ呟いていたのは詠唱?」
「そうね。月を象徴にするのなら詠唱はいらないのだけど……。やっぱり魔法にも不得意な分野っていうのが存在するから」
そりゃそうじゃ、とどこかの博士ではないが見広は茶化すように言った。
もう、と憤慨よりも気恥ずかしそうな声が返ってきて、見広は声をあげて笑った。
「だーかーらー。ごめんって、ごめんなさい。もうからかわないからさぁ!」
「知りませんー。見広のことなんて知りませんー」
機嫌を損ねてしまった理由はそれで、見広は謝りながら場所を移動させていく。
リシアを元気づけるための冗談だったのだが、リシアはそれが嫌だったらしい。
というよりかはただ羞恥心にかけられているだけか。
「っと、ここで決闘をするのか……。なんというか、ギャラリーすごいな」
それから見広は到着したそれを見て感嘆の声を上げた。
観客の中には、何か券のようなものを配っている人間もいて、なんなのだろうと思っているとどうにも賭け金の設定らしかった。
(まさかの賭けの対象になるだと?! 流石異世界。尊敬するっす)
明後日の方向を向いて、見広は敬礼をした。
ビシッと。
「あぁ? 何をやってんだテメェ。俺に負けないように神様にでもお願いしてたのか?」
ゴキリ、と首がなる音がして見広はほとんど意識もせずにそちらを振り返った。
首を抑えたそいつは見広を下げ荒むように睥睨していて、見広がため息をつくとそれに応えるように舌打ちを返してきた。
「神様にお祈りしたのはお前だと思っていたんだけどな」
「はぁ? 神様なんてもんがこの世界の本当に存在しているわけがねぇだろ。俺は、神頼みなんてしねぇよ」
おや、そんなことを異世界で行ってもいいのかな、と思った見広だったがどうにも周りがそんなことをいちいち気にしているような素振りはなかった。
こういうところは神父様が登場するか、従順な教徒がしゃしゃり出てくるのがテンプレじゃないのか、と思った。
「ま、お前が神様に祈ってようが祈ってなかろうがどうでもいいことか」
合図が。
二人にとっては、待ち侘びていたぶつかるための合図が。
鳴った。
「初歩的な魔法、なんちゃってぇ!」
その瞬間に、ゴォと炎が吹き荒れた。
「最初の大技がちんたらした詠唱から入ると思ったかぁ?! そんなもの、すでに詠唱済みなんだよ!」
放った本人が言ったように、それは全く初歩的な魔法と言っていいほどの威力ではなかった。
そもそも見広は初歩の魔法の威力さえも知ったことではないのだが、そうでないというのは周りの湧き具合から推測することはできた。
「ヒャッハ、さすが狂ってやがる!」「決闘は始まる前に終わっていますってか?!」「やっぱりかけるならこいつだよ」「誰だよ、もう片っぽに入れたやつ」
(おいお前ら。少しは俺の心配もしろよ)
と見広は、無言でガンを飛ばす。
その必要性があるかないかで言われれば、ないのだが。
(やっぱり、こういうのをやる時は右手だよな)
それを前に突き出した。
炎が収束する。
「それじゃ、その魔法もいただきます」
炎がそのメカニズムを辿って、見広の手の中へと吸い込まれていく。
見広は魔力が自身の体に巡り始めるのを感じた。
何度魔法を喰らっても、この高揚感を感じなくなることはおそらくだがない。
「こっちの番、か」
「っ、テメェ。俺の炎をどうやって!」
叫びのようなそれに対する答えはたった一つの拳だった。
つまり、決闘にごちゃごちゃした道理を持ちこむんじゃねぇ、ぶっ倒すぞ。
という意思表示。
観客のまた別の場所が沸いた。
「ガァ!」
「まずは一発」
拳が、鳩尾に拳が抉り込まれて相手が苦しげな声を上げた。
しかし、同時に疑問を抱いたのは見広だった。
(殴った時の感触が一瞬生身の人間じゃなかった? 身体強化の魔法でもかかっているのか?)
それでいて、一瞬だけだったのは見広がそれを喰らってしまったからか。
「テメェ! 《ファイヤアロー》!」
唱えられたのは同じ炎系統の魔法。
それでも、先ほどのような威力はなかった。
なるほど、これが初歩の魔法なのかと見広は理解する。
先ほどの魔法が、観客さえ巻き込みかねない大火災並みの炎だったのに対し、今回の炎は火種のようなものだった。
「それじゃぁ、俺には届かない」
その魔法はまた片手に吸い込まれ、消えていく。
見広の足を緩めることはできなかった。
「痛めつけるのは得意じゃないんだ。だから、おとなしく眠ってくれよ」
見広はその男を投げ飛ばし、地面に叩きつけた。
実にあっさりとした、しかし実力差がはっきりをした終わりであった。
どうにもその男は気絶してしまったようで、みひろが最後に手を話した状態から動かなかった。
あと数分は動かないだろう、と見広は判断する。
一度そちらを見直してから、去ろうとして。
あぁ、と忘れ物を取りにかえるような気軽さで、聞こえぬとわかっている声を不敵な顔で呟いた。
「ご馳走様」
スゥ、と見広の体から高揚感と熱が引いていった。
「待て、よ」
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