第9話 サード
「初日からやってくれたわね……見広」
リシアがいつもよりも少しだけ低い声で、顔を近づけてくる。
控えめに言ってかなり怖いが、頬から汗をつたらせながら見広はそっぽを向くことで対応する。
この少女を本当に言い任せる気がしないから。
「ちょっと、本当に自分が何をやったのかわかってるの?」
「……わかってるけどさぁ。舐められたままで終わるのは人間として、一人の男として負けた気がするんだよ」
それに実力至上主義なら自分の実力を示しておかないとな、と見広は付け足す。
リシアの方もまぁそれはそうなんだけど、とため息まじりにつぶやいて右の人差し指を立てる。
「だからと言って、初日の顔合わせでいきなり決闘の話が出てくるとは思ってもなかったんですけど?!」
「俺だってこんなことになるとは思ってなかったんですけどぉ……」
見広もはぁとため息をついた。
初日くらいは騒動を起こさずに平和な生活を楽しもうと思っていたのに。
どうにも、こういう面倒なことに巻き込まれる体質らしかった。
(あっちの世界でも色々とあったけど……。おかしいな、そういうのに巻き込まれやすいのは進の方じゃなかったのか?)
ずっと、隣にいる人間のせいで自分が巻き込まれていると思っていたところを否定された気がして近場で泣きたい気分になった。
まさか、自分も巻き込む側だったとは思ってもいなかった。
「まぁまぁまぁまぁ。とりあえず、さっきのことは忘れよう、な」
自分も宥める意味をこめて、見広は少し大きな声でリシアにそう言った。
言われた方は急に大きな声が聞こえたためか咄嗟に耳を抑えたようだった。
しかし、自分でもそこまでするほど大きな声ではなかったことに気がついたのか、顔を赤らめながら見広の方を恨めしげに睨む。
「見広、あなたは何も見てないわね?」
その問いかけとは裏腹に、不思議と悪寒を含むような気迫で……見広は思わず身震いした。
「……」
「なにも、見てない、わね?」
「はいっ、俺はなにも見てはいません!」
うん、リシアをキレさせるのはやめていこうと、見広は苦笑いをしながらそう思った。
少し不機嫌になっただけの今でさえ逆らえないのに、これが本気で怒るとなると……軽く死ねるかもしれなかった。
なんて、馬鹿なことを思ってから見広はもう一度ため息をついた。
「兎にも角にも、なってしまったもんはしょうがねぇし、俺はそれから逃げようとも思ってはいねぇ。そこは理解しておいてくれよ?」
だからと言って、見広は今日のことを別に後悔しているわけではなかった。
それを、感覚的に悟ったらしくリシアがはいはい、と諦め気味に呟く。
「こうなってしまった以上は逃げ場もないでしょうしね」
まぁ、そういうことだった。
「お、見広くんだったかな。これからよろしくな!」
「あ、ちわっす。今日から給料もらうためにお世話になります」
どうにもそうこうしていると、見広が本来目指さなければいけなかった場所に着いたようだった。
「早速で悪いんだけど……。そこの荷物をあっちの倉庫に運んでくれないか?」
「ん、了解っす。悪りぃなリシア。明日のことは頼んだ」
「任せて。それじゃ、お仕事頑張ってね」
「おう!」
見広が、後ろを振り向きながらリシアにそういうと彼女が手を小さく振ってきたのがちらりと見えたので、背中の方にいる彼女に見広も手を上げて返した。
その様子を、しばらくリシアはじっと見つめていたのだが、やるべきことを思い出したかのように走り去ってしまった。
なんだかんだ、彼女も忙しいのかもしれない。
「よいしょっと。サーセン、これってここでいいんすか?」
「おう、そこに置いてくれとけばいいぞ。明日にはどっか別の場所に移動させるかもしれんがな」
「そんときはまた俺が運びますって」
見広はふと考える。
この世界に来たのは先代の自分がここに来させたからで、どうしてここに来させられたのかはわからない。
それでも、その先代たちはどうして自分をこの世界へ誘った?
(いったい、いつまで俺はこの世界で平和に暮らしていけるんだ?)
何か、意味合いがあるのだとしたらこんな生活を甘んじて受け入れてしまってもいいのだろうか、と。
でも、まぁ結局そんなことは今代の見広にはまだわからないわけで、一度その思考は放棄したが。
簡単だ。
その場所その場所に適応を繰り返して人間は生きていかなければならないのだから。
「彩花……」
ポツリと自分の口から漏れた少女の名前に見広はどういうことか手で口を押さえた。
まるで、やっちまったとでも言っているかのように。
そうだ、と思い出す。
見広の意識があの変な空間へ消え去る前に彼女はみひろと一緒にいたのではなかったか。
(うわぁ、多分あいつパニクっただろうな……)
ちなみにその少女との関係は、幼馴染といったところか。
本人同士も仲は良かったのだが、それよりも親同士が仲が良く腐れ縁とそんなものもあって一緒の高校に通っていた。
(進の方は……。あいつ、俺がいなくなってちゃんとやっていけるのかね)
あいつなら人生そのものを諦めてしまいそうな気がして、ブルリと体を震わせる。
いや、流石にそれはないだろうと今は会うことのできない親友を思い出した。
作業をしながら、どうしてそんなことを考えるようになったのかというと学校に初めてきた時に出会った、あの黒髪の男がそこにいたからだ。
「……君は」
そしてそいつは見広に声をかけてきた。
見広は思わず身構えて、男の方がビクリと肩を震わせた。
「ちょ、ちょっと落ち着いて……」
ワタワタと男が慌てる。
なんだか、最初のいけ好かないタイプのイメージとはかけ離れていて見広はさらにはぁ、と保ける。
少しの間二人の間に沈黙が流れて、見広のじとっとした目はどうやら男に効果抜群らしかった。
「待ってくれよ……。わかった、君のヘイトが僕に向かってるっていうのはわかったから、さ。ね、Aブッバした君の攻撃には、無振りの僕じゃ耐えれないからぁ」
「いや、俺別に攻撃種族値を振ってる訳じゃ……ってあんた」
何を言っている、と見広は思わず突っ込んだ。
だって、この世界にそんな用語があるはずがないのだから。まさか、
「俺と同じ、転移者?」
「少し違うね。正確にも存在するし、あちらの世界にも存在する存在だよ」
はぁ、と見広は息をまた吐き出す。
この世界にも存在していて、向こうの世界にも存在しているなんてそんなことが可能なのだろうか、とそう思って。
男はそれを苦笑しながら見守って、さらに言葉を重ねた。
「可能なんだよ。僕の場合は特別でね。この世界と彼方の世界に精神が半分半分存在していてね。でも、君に精神乖離性睡眠時遊行症って言っても通じないだろうし」
「はぁ……?」
「あぁ、不穏な響きに聞こえるかもしれないが流してくれてもかまわない。僕が言いたいのは君のいた世界と僕のいた世界はまた違うってことだけだから」
もはや何を行っているのか見広は理解できなかったが……。
「仮にそうだとして、話しかけてきたのは同郷の人間だからか?」
「まぁそうだね」
そこに深い意味はないのだと、その男は言った。
それすらも怪しいけど、と思った見広だったが一旦それは置いておくことにした。
「そもそもこの世界は、なんなんです?」
「唯一孤独な世界。世界の想像主の管轄外の世界だよ」
それはまた、ロマンチックと言うか抽象的であった。
神という存在を人の架空のものだと見広は思っていなかった。
むしろ本当にいたら面白そうだな、と考えるくらいだ。
しかし、それでも……、
(いや、世界の想像主ってスケールでっか?!)
「というか《サード》ってまるで……」
「この世界とあちらの世界以外にも別の世界が存在するの、と? ですからそれが僕なんだよ」
心のなかで思ったことを言い当てられ、それを先回りして答えられたことにムッとしたが、それでも返ってきた声が真剣なものなのには代わりがなったため耳を傾ける。
「君は……。いや、君がここ世界で生きていきたいと思うのなら多少の覚悟はした方がいいよ」
なぜなら、この世界は他よりも過酷で、そして残酷だからね。
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