3 『出入』検証
「アーウィン!!」
ぐしょぐしょの泣き顔をしながら部屋に突入してきたのはやはり母ウィノナだった。ベッドの上の俺を見つけると一直線に近づいて来て抱き絞められた。あ、でも苦しくならない程度に加減されてる。ぎゅううって効果音はついてそうだけど。
しばらく待つと満足したのか解放されるが、体を離すと頭・顔・体に何か無いかと両手で触って何度も確認する。
「アーウィン!痛いところは無い!?本当に大丈夫!?何とか言いなさい!やっぱり痛いのね~~~!」
何も言っていないのに大ケガ人にされそうになった。
「母さん、落ち着いて」
「ウィノナ、落ち着きなさい」
俺と神父さんの2人で母を落ち着かせるための静かな戦いが始まった。
「原因はいま一つ分かりませんが、きちんと治癒魔法による治療はしましたし、顔色も戻りました。本人もいつも通りです。問題はないでしょう」
「ありがとうございます、神父様。アーウィンもどこも痛いところは無いのね?」
「無いって」
少しぶっきらぼうだったろうか。改めて見る美人の母に瞳をうるわせながら心配されると顔が熱くなってくる。正面から見れずに顔を背けると慌てたように声をかけてくる。
「無理に我慢しなくていいのよ?」
「してないから」
80年の人生を頭の中で反芻した後だと母の顔を見るのが久しぶりに感じて何だか恥ずかしいだけである。
「本当に?」
「本当に」
「本当の本当に?」
「本当の本当に!」
実は既に同じようなやり取りを10分以上続けている。あまりの心配ぶりに別の意味で再度頭が痛くなってきたが、神父の協力もあって何とか母を落ち着いてくれた。
そういえばもっと小さいときに怪我をすると両親共にこんな感じだったと思い出す。自分は2周目の人生と違って愛されていると感じると胸がじんわり温かい。今度は大事にしたい。母が落ち着いて一息つけたと思えた時だった。地響きを感じた。そしてドドドドドという音が聞こえる。
次の瞬間教会が揺れた。扉が破壊されて部屋に入って来たのは母に負けず劣らず息子を愛する父アレクだった。俺はは咄嗟に耳を塞いだ。横目に神父も耳を塞いだのが見えた。冷静になった母も同じく。
「(もはや音というよりも何かの衝撃。言葉にするとたぶん名前を呼ばれた)!!!!!!!!」
身に浴びる音に自身の耳を塞ぐ行動が正解だとしみじみ感じた。
今度は父アレクが落ち着いたところで神父さんから俺が聞いたのよりも少し省略された説明が根気よくされた。
「きちんと治療したので問題ありませんからね」
「ありがとうございます、神父様。じゃあどこも痛いところは無いんだな?」
「無い無い。このやり取り2回目だから。もういいから」
「何が2回目だ?」
「なんでしょうね?」
こやつとぼけよったと心の中で呟くだけに留めたであろう神父さんは大人である。俺もきちんと対応すればするだけ話が長くなるのでさっさと切り上げた。
心配してくれる両親に感謝はしているが一応聞いておく。
「父さんは仕事の途中で抜けてきたとして。母さん、ナークはどうしたの?」
「お隣に預けてきたから大丈夫よ。心配した?」
「まあね」
色々と入り込んできたが、家族に対する思いが変わらないことを確認できて良かった。何よりも大事だし大好きだという気持ちがある。ナークに会って気持ちを確かめたいという気持ちもあるが、村の中にいて何か起こることもそうは無いだろう。
そうなると手に入れたスキルの検証をしたい。
「元気になったしスキルが良く分からないからどんなものか確認してきていいかな?」
「ああ、どんなスキルを授かったんだ?」
「そう言えば聞いてなかったわね」
「『出入』って言うみたい。何だかさっぱり分からないよ」
アレクからすると言いたかったのはそう言うことではないのだが、検証することに意識が向いていた俺は気が付かなかった。母が少し複雑な顔をしている時点で気が付けば良かった。表情が変わらない神父さんに気が付くと両親はハッとして表情をいつも息子に見せている笑顔に戻す。
「スキルは授かると自分で使い方が何となく分かるものだ。ただ何か魔法に関するスキルだとまわりに何かあるかもしれない。大丈夫なら確認しておいで」
「そうする~」
言いながらベッドから飛び降りて早速出て行こうとするが、母に腕を掴まれた。
「え?」
「ねえ、やっぱりあなたも一緒に見てあげたら?」
「ん?そうだな……」
母の表情を見て父は考える素振りを見せた。しかし一緒に来られると困る。スキルは試すが自分の中に『入って』来たものは1つだけではない。人目は無いに越したことは無い。一人で行うのが一番良いに決まっている。説得するしかない。
「一人で大丈夫だよ。何となく分かるって感じはするし!神父様、ありがとうございました!何かお礼の果物でも採って来ます!じゃあ行ってくるね!」
返事も待たずに飛び出した。母が待つように声をあげているが、すぐに聞こえなくなったことから神父か父が止めてくれたのだろうと思うことにした。
言った通りお礼にする果実でもあるところを目的地にしよう。元々教会が村のはずれに位置しているため、村の中心部から離れるように駆けていけば目的地にたどり着く。いつもよりも体が楽に動かせるような気がした。
目的地に着くころには多少疲れていたので、木の根元で少し休憩する。体力を付けることも必要だと心のメモに付けておく。
「ふう。このビワで良いかな。さっそくやってみるか」
地面にはまだ落ちていなかったのでまずは授かったスキルから確かめたい。『出入』というからには、出したり入れたりすることが出来るスキルなんだろう。ビワの木によじ登ってまず1つもぐ。元から持ち歩いている袋に入れてみる。音も無く消えたが、ビワを1個持っていると確信できる。
「やっぱりか」
納得して次々にビワを袋に入れることで仮説が確信へと変わる。
「何個入れても重さを感じない。袋とかに入れても重さを感じないし、袋の容量以上に入れることも出来るスキルみたいだな。いわゆる異空間に繋げることができるんだな」
荷物運びに非常に便利だ以外に今は感想が浮かばない。この袋を他の人に渡したときにはどうなるんだろうか。同じように使うことが出来るのだろうか、袋を他の人に渡した瞬間に中身が飛び出すのか?一人ではできないからまた確認しよう。今は大量に物を持ち運びできることが分かればいい。
ただバレると危険である。2周目と同じようにどこの世界でも搾取しようとする者はいるはずだ。避ける意味でもある程度の隠蔽や避ける手段、または真正面から抵抗できるだけの戦闘力を手に入れる必要がある。出入が戦闘用に役立つのはまだ先らしい。
というわけで確かめるのはもう一つの方だ。入って来た記憶の検証をしなくてはいけない。そもそも2周目と今世が同じ世界かも定かではない。神父が魔法を使っていたから魔力はあるのは間違いないだろうが、同じ法則であるかは要確認だ。
何も無しに飛び降りるには危険を感じる高さだったので幹にしがみついてゆっくりと降りる。思ったよりも疲れていたので木の根元に腰を下ろすと早速ビワをかじって補給する。
「うん、甘い!皮むくのは面倒だけどおいしいな。これならお礼にしてもいいだろな」
おいしいので2つ3つと食べる。いつもなら軽く昼寝をするので、衝動にかられるがグッとガマンする。
「『出入』とは別にもう一つ出来ることがある気がするんだよな」
目を開いて何となく両手を前に出してみる。何かを受け取る感触を受けると以前は見るだけだったタブレットが手におさまっていた。
お読みいただきありがとうございました。今日はここまで。