1 スキルを授かった日、気絶する
「朝だ」
太陽の光を受けて起きた俺は体を起こして伸びをした。横でまだ寝ている4歳の弟のナークがまだ寝ていることを確認すると起きて来るまではそのままにしようと静かに寝床から脱出する。
昨晩はスキルを授かるための祝福を受ける俺よりもナークの方が興奮していたため寝るのが遅くなっていた。まだしばらく起きないだろうがいつ起きるか分からないナークを起こさないように寝室の横の部屋へと音を立てないように移動する。
移動した先の部屋にいるのは両親だ。父は既に今日の作業の準備をしており、母は料理をしている。朝の挨拶は遅く起きた側からすることになっている。
「父さん母さん、おはよう」
「おはよう。アーウィンはいつもながら自分でしっかり起きてくるな。えらいぞ」
「おはよう。アーウィン。ナークを起こさないように注意できたのもえらいわ」
「まあ普通でしょ」
「「素直じゃないな(わね)」」
父の近くに寄ると準備する手を止めた父アレクは俺の頭を撫でる。それが微妙に恥ずかしいが逃げたりはしない。母ウィノナの方を見ると父と自分の様子を微笑んでみていた。ただ、いつものことを考えると何か出来ないかと考えている顔をしている。思いついた顔をすると満面の笑みでのお知らせだ。
「自分で早起きできたえらい子にはスープ多くしておくわね」
「うん、ありがとう」
「嬉しいくせにそっけないところもかわいいわね」
「そうだぞ。もう少し嬉しそうにしてもいいんだぞ」
「わかったって」
確かに嬉しいとは思うが、子どもの反応を示すには精神年齢が高いのが問題だ。
なぜなら生まれる前の記憶があるから。
何を覚えているかと言うと生活を送るのにもっと便利な世界で生きてたよね?ってことくらいだ。
水?わざわざ井戸から汲むの?俺の毎日の仕事です。毎日何回もがんばってます!
火?毎回起こすのってすごい大変!魔道具ってあるらしいけどうちには無いよ!
夜?寝るの早くない?仕方ないじゃん!起きてても真っ暗ですること無いから寝るしかない!。
こんな感じが普通だから今ある生活を送るのに今更気持ち的にしんどいってことはもう無い。これで良かったとも思うのでこれでいいのだ。
あと一応死んだ原因も覚えている。いや、覚えているって言うほどハッキリしてないけど長距離移動の乗り物で事故に遭った気がする。大事なことはこれくらいかな。
そんなわけで、うすぼんやりとした記憶だが大人だったころの記憶がある身としては今更子どものふりをするのは無理だ。だから礼儀正しいくらいでおさまるくらいにしておいた。
自分が長男なのも良かった。子どもがどんなものかを良く知らない父母は手がかからない子どもと言いながらここまで育ててくれた。弟が出来た時に俺を育てた経験が通用せず大変だったのは申し訳ないが。
いつから記憶があったか?生まれた瞬間だ。生後2年までの記憶は今でも消したいと思っている。詳しくは聞かないでほしい。
色々と思い出している俺の心情はともかく、母ウィノナは増えた朝ごはんに秘かに喜んでいる息子を確認すると父アレクの昼食の準備に戻る。いつも通り父だけは先に食事を済ませているようだ。自分に用意された朝食を前に祈りを捧げて、もぐもぐと食べていく。
父も母も美形だ。平民の暮らしをしているが、おそらく彼らは平民ではない。まず間違いなく貴族だ。うっすらある記憶と村の周りの大人と比較すればそれくらいの判断は出来る。ただ、貴族という単語をまだ教えられていないので言わないようにしている。実家の援助も受けてないようだから何か理由があるんだろうしな。
弟は完全に両親の良いところを受け継いでいる。4歳ながら恐ろしく顔が整っている。村の女の子たちの見る目が既にスゴイ。
3人に比べれば俺は普通の顔だ。突然変異と言ってもいい。俺も溺愛してくれている実感があるから何も思わないが、普通の子どもだったら卑屈になるだろうくらいには格差がある。まあ気にしていないことだから考えるのはやめよう。
パン2つとスープを飲み終えると食器は自分で片付ける。父の真似をしているだけだが。
「自分が出来ることで相手が喜ぶならやった方が良い」
そう言いながら父は簡単な家事くらいならする。明らかにそんなことが不似合いなくらいの美しい顔をしているのに。顔の美しさでは村では生きていけない。
「父さんはもう行った?」
「もう行っちゃったわよ~」
「ふ~ん」
「ふふふ」
自分も見送りたかったのにという気持ちは隠したつもりだが母には見抜かれたようだ。記憶を頼りにすると俺は他人とどう接して良いか分からない。学んでいる最中と言っていい。目安は今世の両親が笑顔になるかどうかだ。父が行ってらっしゃいを言うと喜ぶので言っている。とはいえ朝の見送りは夫婦の時間でもあるのでどこまで出しゃばって良いのか見極めが難しい。
こっそりと子どもの見えないところで少しだけ二人になる大切な時間だ。邪魔は出来ない、しない。
「まだもう少しくらいは良いわよね」
「なんか言った~?」
「な、何も言ってないわ!」
「ふ~ん」
何か言っていた母だが誤魔化されたことにしておく。俺はできた子どもなのでこれ以上は踏み込まない。
「それはそうと、今日の祝福にはお母さんも一緒に行こうか?」
「え?別にいいよ。儀式をするだけでどんなスキルを授かるかもわからないんだし」
「そう?アーウィンがどんなスキルでもその瞬間を一緒に迎えたいとお母さんは思うんだけど」
親としては一緒に行きたいと思うらしい子どもの祝福の日。母は出来るなら一緒について行きたい派のようだ。ただ教会の礼拝堂には隠れるところが無いので、ついて来るなと言われるとどうしようもないはずだ。何かついて行きたい理由はあるという表情をしているが、言わないということは強制でも無いらしい。
ま、父は既に仕事に行っているし、ナークは寝ているから家を空けるわけにもいかないだろな。
やがて観念した母は俺が一人で行くことを了承してくれた。
「分かったわ。気を付けてね」
「何も起こらないよ。じゃあ行ってくるね」
集合時間など決まっていないが、村の子どもが全員揃ったら行うと言われているのではやく行くに越したことは無い。走って行こう。
母が後姿を心配そうな目で見送っていることには気が付かなかった。
途中で村の子どもたちと合流して教会に向かった。
この村での神父さんの仕事はちょっとしたケガや病気の手当てをすること、冠婚葬祭の取り仕切り、週に一度の子どもたちへの学習指導だ。この村を出て行く人がいれば改めて村の外での暮らしと共にもう一段上のことを教えることになっているらしい。見たことは無いが。
今日は祝福を授かる日だからか神父さんはわざわざ教会の外に出て待ち構えていた。祝福を行うにはそれなりに修行と経験が必要なので周囲の村の分も引き取っているからいそがしいはずなのに。まあそれくらいに良い人だ。
「神父様~。スキルもらいに来た!」
「もらいに来たよ~」
「あななたち念のため言っておきますが、こちらから6歳まで生きられたことをご報告することが目的です。スキルをもらうためではないのですよ」
「「わかってるって~」」
「仕方ありませんね。中にお入りなさい」
他の子たちは朝から元気だ。ちなみに俺は黙っていた。通常からこんなものだし。
神父さんの案内で礼拝堂へと入って行く。椅子に座って正面の神父さんはいつもと違った。今日はけじめからか雰囲気が違うのだ。厳粛な雰囲気が漂う。子どもたちも敏感に感じ取っていた。その中で神父さんの視線を感じた。
見つめようとしたら顔を背けられた。
「では始めましょうかね。一人ずつ前に来なさい」
この村の礼拝堂はほぼ木造だ。王都の教会であれば豪華らしいが、見たことがあるのは村の外から来たらしい神父くらいだろう。あとはあの両親ならもっと格式高いものくらい見ているだろう。
ここに飾ってあるのは神父と共にやってきた十字架を背負った女神像くらいだ。
「では片膝をついて、両手を胸の前で組みなさい」
始まった。
最後は俺だが全員が居残っている。授かったスキルは様々だ。この村は開拓を目的としているので耕作や伐採系のスキルが喜ばれる。まあ女子は料理や裁縫なんかが無難で良いみたいだ。
しかし、さっきから見て来る神父さんの目が何だか露骨だ。『心配な子ども』であるとその目が語っている、気がする。なぜかは分からないしこの人数の前で気軽にも聞けない。
「では最後ですね。アーウィン」
「はい」
今まで見ていたから言われるまでも無く、体の前で両手を組み片膝をつく。すっと頭を下げて目も閉じた。ふぅとため息が聞こえた。なぜだ?散々繰り返していた説明をくり返すのが申し訳ないから指定の姿勢を取っただけなのに。
顔を上げるわけにもいかず待っていると神父さんが祝詞を捧げる声が響いた。予感通りに女神像が発光する。思わず目を開いたら虹色の柔らかい光が溢れる。さっきまでと光の感じが違うぞ?
礼拝堂内がざわついているが、段々とそれどころではなくなる。頭痛がしてきた。
あれ?これはマジで痛いぞ。目が出そう。
「アーウィン。あなたに授けられたスキルは『 出 入 』です。………アーウィン?」
そこまでは辛うじて聞こえた。だが、頭が熱い。ふらふらする。
「聞いたことないスキルだよ」
「すごいスキルってこと…?」
「やっぱりさすがだね!」
という声もあれば、そうでない声もある。
「なんであんな地味な奴に?」
「両親に似ない分スキルに恵まれたのかもね」
自分が両親に似ていないことくらい自分が一番わかっているから言われるまでも無い。父さんから茶色の髪と母さんから青色の目を引き継いでるとは言ってやりたい。色々と声は聞こえるがいよいよそれどころではなくなってきた。何だか体全部が熱いし内側から押されているような痛みがズキズキと走ってきた。
「しん…ぷ、さま…、あたまが……」
「アーウィン!?しっかりしなさい!」
あわてる神父さんの声を聞きながら、耐えきれなくなって誰か何とかしてくれと強く願ったら意識が途切れた。
お読みいただきありがとうございました。