006.仏教と陰陽道と神道と…?
左近さんのご飯を作るようになって、食い扶持に困ることがなくなって大変ありがたい。本当に助かっております。現物支給されても左近さんが増えたので減りが早い。三が四になったところでというなかれ、その微妙な差でも食に対するモチベーション(?)が変わるのさ。その代わり手抜きができなくなったけど。
左近さんがちゃんとご飯を食べるようになったのはいいことだ。ただ味はまだ努力が必要なようで、シシコマから文句が飛ぶ。
御師の仕事の日は夕飯はいらないとのことなので、その日は手抜きー。
「御師の仕事って、穢れを祓うって聞いたんですけど、戦うんですか?」
御師の仕事でいない時以外は朝昼晩を一緒に食べるようになったから、会話も自然とできるようになった。左近さんは必要なことは自分から話しかけてくれるけど、雑談はあまりしないタイプなので、始めの頃はちょっと緊張したんだよね。
なお今日は照り焼きチキン! 御師は別に精進料理じゃなきゃ駄目ではないようなので、遠慮なく鶏肉。普通に精肉店があるんだよねー。あの江戸感満載の街並みに。
「戦わないねぇ」
あれかな、ドラマとかで見た陰陽師みたいに呪文唱えるのかな。
「呪文とか唱えるんですか? りんぴょうなんとかとか」
「それは密教や陰陽道のもので、九字というんだよ。厄祓いだね」
「密教と陰陽道は違うんですか」
ちんぷんかんだ。そっち系のマンガにはあんまり関心がなかったもんで。
「密教は仏教の一派で、大日如来を崇めるんだよ。陰陽道というのはね、陰陽五行を起源とし、日の本で独自に発展した呪術や占術の体系のことをいう。天文学や暦学、易学などを駆使し、日時や方角、人事全般の吉凶を占う技術でね、どちらも常世とは関わりがないねぇ」
「常世にいる神様って、なんですか」
神様つかまえてなんですかは結構無礼な言い方だけども。なんて聞いていいのか分からなかった。
「そうさねぇ、現世では神道と呼ばれるね」
「神道! 聞いたことあります。神社とかがそうですよね」
そうそう、と左近さんは頷く。
「常世に座す神は天津神と国津神でね、まぁ天津神は高天原に座すから私らとは住んでる階層が違うけどねぇ」
「階層??」
世界が階層で分かれてるの?
「常世というのはね、現世の何倍もの大きさがあるんだよ。最も高い位置にあるのが高天原。天津神が座す場所」
ほうほう。天使が住む天国みたいな感じかな。
「その下が葦原中国、ここだね。現世も同じ階層にあるよ」
「もしかしてその下もあるんですか?」
「あるよ。黄泉の国と呼ばれて死者が向かう場所さ」
「地獄!」
本当にあるんだ。
「黄泉の国には閻魔大王はいないよ」
「えっ」
左近さんが浅漬けのきゅうりをぽりぽりと良い音をさせながら食べる。あまりに良い音につられて私も食べる。この前お裾分けしてもらった糠漬けのきゅうり美味しかったな。挑戦してみようかな、糠漬け。
「閻魔大王は仏教だからね。黄泉の国を支配するのは黄泉津大神、伊邪那美神といったほうが分かりいいかい?」
「あ、それは分かります。私、人は死ぬと地獄で裁判を受けるんだと思ってました」
「仏式で葬られればそうなるねぇ。神式で葬れば黄泉の国。伴天連、あぁ、今はキリスト教だったね。キリスト教式で葬られればあちらの地獄に行く」
日本が宗教まぜこぜに取り込んでるのは知ってたけど、きっと皆よく分かってないだけな気がしてきた。
「現世はね、様々な世界と繋がっているのさ。それで、御師がどうやって穢れや妖を祓うかだけど」
あ、そうだった。分からないことが多くて脱線しまくってた。
「九字のようなものが神道にもあるのさ」
「え、どんなこというんですか?」
知らずに日常で使ってたりするのかなー?
「御師は言霊が強いからね、教えてはあげられないねぇ」
「言霊も聞いたことはあるんですけど、意味は分かってないです」
「現世の、日の本の民は相変わらずなんでも取り込んでしまうねぇ。まぁ八百万の神を信仰していたのだから仕方がないねぇ」
「神様って本当に八百万もいるんですか?」
うーん、と左近さんが唸る。あれ、なんか変なこと言っちゃったかな。
「八百万とは極めて沢山、つまり無限といった意味なんだよ。数量を表しているんじゃないんだよ。だから柱の数は八百万もないんだよ」
えっ、物理的数量じゃなかったのか!
「言霊というのはね、言葉に内在する霊力のことでね、力のある者が発する言葉にはそれを実現させる力があるのさ。紬葵も賓だからね、気をつけるんだよ」
「えっ、私もですか!?」
言った言葉が実現するんだったら、悪い言葉とか言わないほうがいいってことだよね。
「なんか突然生きづらくなりました」
私の言葉に左近さんが珍しく声を出して笑った。
「悪い言葉を口にしたくなったら、八でも九でもいいから頭の中で数えるといいよ」
「十なら分かるんですけど、なんで八とか九なんですか?」
左近さんが色々教えてくれるからついつい聞いてしまうのもあるけど、左近さんの話す内容は分からないことが多すぎる。
「神様、あぁ、神はね、柱と数えるんだよ。私ら人は一人二人と数えるけどね、神は一柱、二柱と数えるから覚えておいで。それで神様はね、好きな数があるんだよ。大体八から九だね」
「十は駄目なんですか?」
「駄目じゃないよ。自分の気持ちが落ち着くまで数えればいいのさ」
うーん、うーん、なんか色々あるってことはよく分かった。
「まぁ、ゆっくり覚えていけばいいよ」
「はい」
それにしても私の言葉にも力があるのかー。
はっ! それって!
「私もその呪文を唱えれば祓えるのでは!?」
「賓はいるだけで祓うから唱える必要がないよ」
あ、そうだった……。
左近さんが笑う。
「紬葵が来てから明るくなっていいね」
遠回しに馬鹿っておっしゃってます?
分かってなさすぎだから言われても仕方ないけどさー。
「戦わないって言ってましたけど、危険な目には遭わないんですか?」
「遭うよ」
遭うんじゃん。しかもそれをさらっと……。
「結界みたいなのを張るんですか?」
「御師になれる者はね、神使の力が使えるんだよ」
「神使とは」
「神様の眷属さ。使わせてもらうのに色々貢がなくちゃいけないんだけどねぇ、紬葵が来てからはシシとコマが一緒に来てくれるようになったから懐が温かいよ」
なんと!
なんかいっつもフラフラしてると思ってたら、左近さんのお手伝いをしていたのか!
「シシとコマ、エライ!」
『紬葵、そこは怒るとこだよ?』
『そうそう、怒っていいんだよ』
怒る? なんで?
「怒る理由がないよ。左近さんの懐が温まるということは我らの食費への罪悪感が減る!」
「紬葵は現金だねぇ」
苦笑いする左近さん。
『そっか! じゃあもっと真面目に手伝う!』
『頑張れば美味しいもの食べられるってこと? やったー!』
「お手柔らかに頼みますよ」
食べ終わった左近さんが煙管に葉煙草を手慣れた手付きで詰める。
私は食器をお盆に乗せて台盤所に向かう。
後方からはしゃぐシシコマの声がする。
頑張ってシシコマ! 我らの食生活のために!
そしてごめん! 料理するのが私だから、味の限界があると思う!