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005.人気物件!

随分と間が空いてしまって申し訳ありません。

 すぐには入らないだろうと思っていた瓦斯ガス。予想に反してあっさり入った。現世でいうところのプロパンガスのような感じだった。それもそうか。

 冷蔵庫も私が知る形ではなくて、冷凍庫や野菜室なんてものはない。扉に牛乳なんかも入れられない。謎の空間に大きな氷を入れる。これ、氷溶けたら駄目なんじゃ……?

 

「氷は毎日届けさせるから、安心しておくれ」

 

 私が気付くことに左近さんが気付かないはずもなかった。

 

「氷は高くないんですか?」

「氷を作る妖がいるからね、季節は関係ないねぇ」

 

 察するに、妖の力で作れるから高くない、ってことか。なんと便利な!

 

「ところで左近さんの好きな料理は何ですか? 嫌いな料理も教えておいてください」

 

 作れるものは少ないけど、お世話になるのだから好きなものを作ってあげられたらいいな。


「好き嫌いはないね。なんでも美味しく食べられるたちだよ」

「偉い」

 

 褒められると思っていなかったのか、左近さんは小さく笑った。

 

「そうそう、井戸水をね」

 

 話しながら家の外に出る左近さんの後を追う。長屋の真ん中にある井戸水に向かうようだ。

 

「おや、旦那」

「あいっかわらず良い御面相だねぇ」

 

 長屋に住む女の人達にあっという間に囲まれる。さすがイケメン。

 

「おや、つむちゃん」

「旦那、つむちゃんと良い仲におなりかい?!」

「いやいや」

 

 私と左近さんが同時に否定する。

 一緒にいただけですぐくっつけようとするのは、どの世界でも共通なのか。皆その恋愛脳ちょっとやめたほうがいいと思う。

 

「うちで食事を作ってもらうことにしたんだよ」

「あぁ」

「それって良い仲じゃないのかい?」

 

 分かった人と分からない人がいるようだ。

 

「旦那、御師だもんねぇ」

「御師だから何なのさ?」

「御師は身を綺麗にしなくちゃなんないのさ」

「旦那が御師なのは分かってるよ。それとつむちゃんが何の関係があるんだい?」

 

 知ってる人もいれば知らない人もいる、そういうものみたい。いつ来るか分からない賓のことだし、知らなくても不思議じゃないか。

 なかなか進まない会話に焦ったくなったかは分からないけど、左近さんが口を開く。

 

「賓の紬葵が作る料理には穢れがないのさ」

 

 私にはその穢れがよく分からんけれども。ガスと冷蔵庫が使えて、食費を出してくれるというのでやらせていただくわけです。自分用に作るものを多めに作ってくれればいいと言われて、それぐらいならできそうかなーっと。お仕事がない時にも食いっぱぐれがないってことですよ! 家賃は払うけど。


「御師ってのは面倒なんだねぇ」

「大事なお勤めとはいえ、難儀なもんだ」

「それで井戸水を汲みに来たのかい?」


 井戸水ぐらいもう何度も汲んでるだろうと言いたいのだと思う。勿論存じ上げておりますとも。私も何故ここに来たのか分からんのだし。

 

「新しく入れた道具が上手く動くか試すんだよ」

 

 すまないね、と断りを入れると、左近さんは手押しポンプのハンドルを上下させた。勢いよく水口から水が飛び出して木桶に入る。左近さんてば軽々とやってるけど、このポンプ井戸っていうのは意外と力がいる。コツっていうか。その代わり沢山水が出て、一度で済む。

 左近さんの長屋が人気な理由に、水洗トイレとこの井戸水がある。浄化玉という謎の便利道具が入っていて、井戸水が綺麗なのだ。飲めるほど綺麗。川向こうは上水道があって綺麗な水が使えるらしいけど、水銀みずがねと呼ばれる水道料金を支払わないといけないんだって。長屋なんかはその費用を大家さんが払う代わりに家賃が上がるらしい。ただこっちは上水道が川を越えられないという理由で上水道がない。井戸水はキレイではない代わりにその分家賃は安くなる。その点が左近さんの長屋はクリアされている。でも家賃は良心的ときてるから大人気。空き待ちらしい。実際空いてるんだけど、左近さんが気に入った人しか入れないのだ。

 

 木桶を二つ程水で満たすと、お先に、と言って左近さんが戻って行く。手ぶらの私はその後を追いかける。

 勝手口から戻ると、台盤所だいばんどころに入る。来たばかりの頃は台盤所が何のことか分からなかったんだけど、なんてことはない、台所のことだった。

 左近さんの家の台盤所は立ち流しなのも良い。長屋の私の部屋の台盤所は座り流し。立ち流しだと現世の台所と同じだから使いやすい。座り流しで液体とかひっくり返したりすると大変なんだよね。畳じゃなくて板間だからまだ良いんだけど。

 

 水瓶の中に井戸から汲んだ水を入れる。もう一つの水瓶にも。青い水瓶と赤い水瓶が並んでるけど、なんだろう? それぞれに水を入れたけど。

 

「この赤い水瓶に水を入れておくと勝手に温まるよ。高温にはならないからね」

 

 赤い水瓶のレバーをひねると、水瓶の下にある蛇口から水が流し台に出る。なんだろう、ウォーターサーバーみたいな感じかな。

 

「触ってごらんな。大丈夫、熱くないから」

 

 言われるままに手を伸ばし、蛇口から出る水に触れると、温かかった! 適温!

 

「あったかい!」

「この赤水瓶が勝手に温めるからね、遠慮なく使うといい。せっかくあるんだから」

「ありがとうございます!」

「なるたけ水は入れておくけど、いない時はすまないが自分で入れてもらうことになるねぇ。いる時は遠慮なく声をかけるんだよ」

「ありがとうございます。左近さん、こんなに良い人で大丈夫ですか? 何処かで騙されたりしてませんか?」

 

 左近さんは笑って「今のところないねぇ」と答える。本当かな。

 

「御師に悪さをすると呪われるって言われているしねぇ」

 

 それは躊躇するね。それにこの人、御座所勤めの知人がいたな。それなら大丈夫なのかも?

 

「夕飯なんですが、湯豆腐です!」


 何故ならば、豆腐屋さんがラッパを吹き吹き売りに来たのと、ガスがまだよく分からないから!

 

「良いね、温まるよ」


 ちなみに湯豆腐だと言ったら、シシとコマからめっちゃブーイングをくらいました。仕方がないからタラも結構入れます。取り合いになると思う。負けないぞ!

 それにしても、賓って謎の存在だなぁ。空気清浄機機能だけでなく、触ったものまで浄化するとは。

 

「食べたいものを教えてくれないと、私やシシコマが食べたいものばかりになって、左近さんが破産するかも」

「それは困るねぇ」

 

 全く困ってない顔で言うし。シシコマの食い意地を知らないなー?

 

「ところで鰹節って何処で売ってますか?」

「茶屋だよ」

「え、舞妓さんとかの?」

「なんで他のことは知らないのにそんなことだけ知ってるんだい、この子は。茶問屋に行けば茶だけじゃなく、海苔や鰹節や干し椎茸なんかを買える」

 

 茶問屋か。なるほどー。

 問屋=店なんだな。

 

「茶屋がよく分かってないようだから教えておこうかね。旅人や町人が休憩するのは水茶屋。芝居茶屋は芝居小屋のそばにあって、芝居を観に来た客が利用するんだよ。舞妓芸妓の茶屋は西の都のほうにはあるけど、こっちではとんと見ないねぇ」

 

 確かに現世あっちでもお茶屋遊びは京都だったような。

 

「紬葵は鰹節を削れるのかい? なかなかにコツがいるようだけど」

「はっ!」

 

 私の脳内の鰹節は、削られて使いやすいように小分けパックになっている奴だった。


「削れません!」

「そうかい。じゃあ今日から練習だねぇ」

 

 茶問屋で鰹節本体と鰹節を削る箱を買って帰ったんだけど、鰹節のあまりの高級さに削るのに気力とか寿命とかまで削った気がする。

 でも、美味しかった!

 

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