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マスコミ昔話  作者: 松井蒼馬
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この記事、見せるべからず

 むかしむかし、とある新聞社に、寺野一久てらの・かずひさという、大変頭の切れる新人記者がいました。

 五月晴れを象徴するような清々しい朝のこと。一久は、新たに担当になった企業の社長宅に、朝回りがてら挨拶に向かいました。


「新担当の寺野です。よろしくお願いします」


 仏頂面のイメージが強い社長です。ですが今は、新担当の一久の名刺を手に取り、笑みまでこぼしています。

 感触は悪くありません。マスコミ嫌いという噂は都市伝説だったのでしょうか?


ーこれはいけるかも。


 欲が出た一久は、ダメ元で、インタビュー取材を打診してみました。すると……。


「分かった。あとで広報に詳細の日時を電話させる。良い記事を書いてくれよな」


 なんと一発OKが出たのです。マスコミ嫌いと言われ、一久の新聞社では、これまで1度も紙面掲載したことはありません。先人たちが何度も取材を打診しては、断られてきたといういわくつきの物件です。それが一発OKです。


「寺野、よくやった‼︎」


 取材アポが入ったと報告した本社デスクは、まるで誕生日プレゼントとしてゲーム機をもらった子供のように、はしゃぎました。


「こりゃ、かなり話題になるぞ‼︎」


 そう言って唇を舐めて、狡猾な表情をしました。


 後日、一久は、六本木ヒルズにある社長の会社を訪れました。無事に1時間の取材を終えました。話が弾んで、個人携帯の番号まで教えてくれるほどの豊作です。


「今日は本当にありがとうございました」


 一久はソファから腰を上げます。最後にもう一度深々とお辞儀をして深謝します。来賓室のドアに手をかけて、部屋から出ようとしたちょうどその時です。


「おい、お前‼︎」


 突如、一久の鼓膜を怒声が刺します。


 ー空耳?


 この来賓室には今、社長と一久しかいません。


「おい、お前、こっち向けって‼︎」


意図せずビクンと背筋が伸びます。それから、恐る恐る、ゆっくりと振り返った先には、腕を組んで、眉を吊り上げた社長が立っていました。ブルドックのように愛らしかった顔は、今や土佐犬のようです。今にも襲ってきそうです。


「掲載前に必ず俺に記事を見せろよな‼︎いいな⁉︎」


 ヤクザさながらにドスを効かせて一歩詰めます。


「それが出来ねーなら、絶対載せんなよ‼︎」


 さらに一歩詰めて、下から睨め上げるように威嚇してきました。言動も、行動も、非常に高圧的です。成功者としての自信と傲慢さが、全身から滲み出ています。


 それにしても、まずいことになりました。このインタビュー記事の掲載は、明日付の朝刊です。本社デスクは、今回の取材の件を自分の手柄として、編集局長に報告済みです。いまさら撤回など出来ません。


「社長が掲載前に記事を見せろと言っています。それが出来ないなら、絶対に載せるなと……」


 一久は、本社に戻るとすぐ、デスクにこの件を報告しました。


「はっ⁉︎掲載前に記事を見せられるわけがないだろ‼︎俺らマスコミを舐めるのも大概にしろや‼︎」


 案の定、デスクは怒り狂います。


「そもそもお前が舐められているから、こういうことになるんだ‼︎」


 びっくりするような手のひら返しです。玉手箱でも開けたのでしょうか?数日前、子供のようにはしゃいで、一久を礼賛していた上司は、今や立派なパワハラおじさんに成長しています。

 それから小一時間。一久は皆の前で、詰めに詰められました。


「俺は悪くない。悪いのはこいつだ」


 そんな印象をフロア中の同僚にたっぷり印象付けたあと、デスクは満足したのか、ようやく詰めるのをやめます。

 一方の一久は、デスクに土下座せんばかりのお辞儀姿勢のまま、はっきり誓います。


「大丈夫です!私は絶対に紙面を見せません!ご安心ください!


 2時間後。

 一久のインタビュー原稿をデスクが編集し、社用スマホにモニタ原稿が送られてきました。

 それを確認すると、一久は会社をこっそり抜け出し、タクシーを飛ばします。目的の公園で、ベンチに寝転がると、タバコをふかし始めました。

 そして、スマホを器用にタップし社長に電話をかけたのです。


「上司にも相談したところ、やはり記事は見せられません」


 その言葉に、社長の額に青筋が立つのが電話越しでも分かります。一久は続けます。


「なので、今から原稿を読み上げますね。社長、メモのご準備は宜しいですか?」


 その瞬間、社長の呼吸が止まります。数瞬の間を挟んで、高笑が弾けます。


「こりゃ一本取られた。お前、なかなか面白い記者だな」


 社長は電話越しでゲラゲラと笑い続けています。この件がきっかけで一久は社長の心を掴みます。


「一久よ、褒美を与えよう」


 後に社長は、とっておきのネタを一久に与え、一久は見事、編集局長賞をもらいましたとさ。

 めでたしめでたし。

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