先輩の誘いを断り切れなかった話
落とし噺が好きなんです。
「ったくバカだなオメェも。下手な嘘なんかつくから、バレちまった時にかえって断れなくなっちまうんじゃねぇか」
「だって兄ぃ前に言ってたじゃねぇか。たとえあのババアが相手でも真正面から断ると角が立つ。断る時ゃ嘘でもいいから何かそれらしい理由を添えとけって」
「ああ言ったよ。でもだからってオメェ、断るたんびに親戚の葬式とお産の立ち合いが順繰りにやって来ちゃあ、向こうがへそ曲げんのも当たりめぇじゃねぇか」
「……でも、減らした分増やしとかなきゃ次使う時困るだろ?」
「減ったから増やすって、マリオじゃねえんだ。そんな理屈があるか」
「でもよお兄ぃ。なんであのホネツボの誘いは絶対に断れなんて言うんだい? オレ、あいつのことはともかくカラオケは好きだから、一回ぐれぇなら別に構わねえかなって思ってんだけど」
「ホネツボじゃねえオツボネだバカ――でもまあ、テメェはここに来てまだ日が浅えから知らねぇのも無理ねぇか……よし! いい機会だし、あのオツボネの誘いだけは受けちゃいけねぇ理由をオレが聞かせてやらあ――これぁオレも人から聞いた話なんだけどな……」
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「――詳しい経緯は省くがよ。昔、あのオツボネに誘われてカラオケに行くことになったさるお人ってのがいたらしいんだよ」
「ふうん。ホネツボとお猿の人がカラオケねえ」
「さ・る・人だ、バカ! ――でな。奴さんも最初は渋ってたんだってよ。オツボネは趣味じゃねぇし気も合わねぇって。でも相手は先輩。変に断って後で仕事に障りが出ちゃいけねぇし、まあ一回ぐれぇはしょうがねぇ、と」
「へへ。そいつ、オレとおんなじだな」
「ああそうだな――でもな、さあカラオケに着いて、いざオツボネの番ってなったら奴さんひっくりかえっちまったんだとよ」
「なんで?」
「そりゃオメェ、オツボネの歌があんまりヒドかったからよ」
「へえ。ホネツボの歌ってそんなになのかい?」
「いんや。そんなになんてもんじゃねぇ。まるで天災みてぇなレベルさ――そんでも奴さん、最初の一曲はまぁ何とか耐えたらしいんだ。でもな、それが二曲三曲ってぇ続いてくと、頭はガンガン、胃はキリキリ、汗はダラダラ。しまいにゃとうとう目まで霞んできやがって、さすがの奴さんも『もう無理ー!』って音を上げて廊下に飛び出しんだと――そしたらあのオツボネ、どうしたと思う?」
「さあ? どうしたのさ?」
「なんと追いかけてきやがったのよ。しかもマイク持って。いやあ、奴さん必死で逃げたね。そりゃそうだ。あれに捕まったら最後。あんなのこれ以上聴かされた日にゃあテメェの人生そこで終わっちまうぐれえのモンだからな……でも悪い事ってのは重なるもんだ。奴さんが逃げた方は運悪く行き止まり。そこにゃあ逃げ場なんてなかったのよ」
「じゃあ……奴さんどうしちまったんだよ?」
「奴さんだって必死さ。廊下の脇にあったトイレに飛び込むってぇと、個室に入ってカギをガチャリ。災害が去るのを息を殺してじぃっと待ってたんだよ……するってぇと、トイレの外から、コツ……コツ……て、何かが近づいてくる足音が……」
「……」
「そしたらその足音、トイレの前でピタっと止まってよ……奴さんは祈った。神でも悪魔でもいいからどうか自分を助けてくれ。助けてくれたら宗旨替えでもなんでもしますからって……そしたらまあ祈りが通じたってんでもないだろうが、また外から、コツ……コツ……ってぇ、今度は何かが遠ざかってく音よ」
「じゃあ兄ぃ、奴さん助かったんだな!?」
「ああ。奴さんもそう思った。九死に一生を得た奴さん、吸うのも忘れてた息を吐くと、ふと上を向いたんだ……そしたらよ……個室の壁と天井の隙間からオツボネのババアが覗いてやがって、マイク片手に『見ぃ~つぅ~けぇ~たぁ~……』」
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「もうやめてくれよ兄ぃ! オレもう聞きたかねぇよ!」
「ハハハ。安心しな。続けたくてもオレが知ってんのはここまでだ……でもよ。その日以来奴さん見たヤツぁいねぇって話だし……てこたぁ……」
「だからやめてくれって! 大体なんで今そんな話したんだよ!? オレ、これからそのホネツボとカラオケ行かなきゃならないんだけど!? オレどうすりゃいいんだよ!?」
「バカ。元はと言やあテメェがヘタ打ったせいじゃねぇか。腹くくって遺言の一つも残してから行ってきねぇな……てぇ、言いてぇところだがよ。他でもねぇオレとテメェの仲だ。見殺しにするのも忍びねぇし……ホレ、これ持ってきな」
「え? なんだよこれ? まーた随分と派手なキノコみてぇだけど」
「ああ。緑の地に、白の水玉模様のキノコだな。オメェ、カラオケ行く時ゃそのキノコ肌身離さず持ってな。そいつ持ってりゃあ、テメェに万が一のことがあっても、もういっぺんやり直せるじゃあねぇかと……オレぁ思うんだがなあ」
「あのさあ兄ぃ……オレはマリオじゃねぇからな」
終劇