8話 謎の生物
マジックバッグがあるとはいえ、ポーションの使用期限はあるし、空き瓶にも限りがある。
研究とはいえ、捨ててしまうのはもったいない。
ちょうどいいタイミングで一度村に行って、ポーションを売らないと。
そうは思うものの、食料に余裕があることもあり、なかなか動く気力が湧かない。ずるずると居続けた。
そしてふと気付いた頃には、ポーションの状態を気にするために木に付けていた線の数がかなりの数になっていた。
五十はゆうに越えており、数えるのも億劫になるほど。
途中で味の確認をした瓶には洗浄魔法をかけて、使い回している。まだ余裕はある。
だがそろそろ風呂に入りたい。
今まで気にならなかったが、具体的な日数を目にすると一気に気になるものだ。
服を摘まんでスンスンと鼻を動かせば、服にも身体にも薬の匂いがべったりと付いている。
この匂いに鼻が慣れたフーリアがそう感じるのだから、他の人からすればかなりの匂いだろう。
宿屋に拒否される前に動くか。
荷物をまとめれば、何かがカサコソと動いた。
「誰かいるの?」
ここしばらく人は来なかったが、親切な地元の人の話によればたまに冒険者がやってくるのだとか。
フーリアがいるのは森の奥の方。
森に入ってから数日後に、森の先にあるのだという村を確認しているが、そこまでもかなり距離がある。
ここまでたどり着ける人間がいるとすれば、フーリアのように魔素に耐性があるか、迷って奥まで進んでしまった冒険者のどちらかだろう。
自力で歩けそうならポーションを飲ませてから誘導すればいいが、動けないとなると厄介だ。
「キュイッ!」
どうしようと頭を悩ませているフーリアの目の前に現れたのは人間ではなかった。獣だ。
それもポーションの瓶よりも少し大きめのまん丸い動物。
もふもふとした毛には草や土、苔が付いている。
フーリア同様、そこそこの期間、この森で過ごしていたのだろう。そこまでは分かる。だが目の前の生き物が、何かが分からない。
ウサギにしては耳が短く、犬猫というには手足が極端に短い。そもそも手足があるのかすら怪しい。
一番しっくりくるのは毛玉。敵意はなさそうだ。
おずおずと手を伸ばせば、その生き物自らフーリアの手の上に載ってきた。温かい。角度を変えて見てみると尻尾は見つかった。
鳴いているので口もあると思われる。だが手がない。足があるのかも微妙。
どうなっているのか。とりあえず毛についている大きなゴミを手で払い、水場で軽く洗う。
嫌がる仕草を見せるどころか気持ち良さそうに目を細めている。
これは一体何なのだろう。
魔素が溜まった森で生きていけるくらいなので、普通の生き物ではないことだけは分かる。それ以外はよく分からない。
綺麗にした後で水場に置いていこうとすると、キュイキュイ鳴きながら付いてくる。
魔法を打ってくる様子はなく、ただただ付いてくるだけ。置いていくことも可能だが、罪悪感は募っていく。
「えっと、良ければ一緒に行く?」
「キュイッ!」
このよく分からぬ生物に懐かれたらしい。
懐かれるようなことをした覚えはないが、一人旅に小さな相棒がいてもいいだろう。
そうと決まれば、謎の生き物が何を食べるのかを調べなければ。
名前はキュイとした。
安直すぎるが、キュイも気に入ったようだ。フーリアの手に顔を擦りつけてきた。
手に載せていると何かと不便なので、バッグの上に載せることにした。
キュイはバランス感覚がいいようで、バッグが揺れても上手くくっついている。
「落ちそうになったら言ってね」
「キュイッ!」
村に向かって歩く途中で、食べられる草花を見つけてはキュイに渡していく。
長らくここで暮らしていたこともあり、キュイ自身も食べられる物を見分けることが出来るらしい。フーリアが見逃すと鳴いて教えてくれる。
そんなキュイの大好物は草花でも木の実でも果実でもなく、まさかのポーションである。
食事の用意をしようとバッグを漁っていると、タックルしてきたのだ。もふもふなので痛くはない。
何事かと色々と出してみて、キュイが要求しているものがポーションだと発覚した。
瓶を開けて皿に少しだけ垂らしてみる。するとそれはもう美味しそうに舐めるのだ。
フーリアに近づいてきたのもポーションが目当てだったのではないかと思うほどに。
思えば、朝起きると妙にテント周辺が綺麗になっていることがあった。姿を見せる前から飲んでいたのかもしれない。
フーリアの前に出てきたのは、美味しい物を作る人間が移動してしまうと思ったからか。
頭ごと突っ込む勢いでポーションを飲む毛玉は、フーリアが思うよりちゃっかりしているらしい。
こんな弱そうな生き物が生き残るにはそのくらいでないと生きていけないのか。
フーリアもそんなキュイが嫌いではない。むしろ愛しさが増したほどだ。
「キュイの分も少し残しておくからね」
元気に鳴くキュイを撫で、フーリアも自分の食事を摂るのだった。
森を出る前に浄化魔法をかけたおかげで、宿にもすんなりと入ることが出来た。
浄化魔法といっても生き物には効果が薄いので、やはりお風呂に入るのも重要だ。
キュイも入りたがったので、石けんで洗ってから湯船に浮かせた。
そう、この生き物はふよふよと浮くのだ。気持ちよさそうにキューっと声を出した。
お風呂から上がった後、フーリアは宿のご飯を頼むことにした。
キュイが食べるかも、と森を出てくる時にいくつか草花を採取してきたのだが、やはりポーションがいいらしい。ごくごくと飲んでいた。
キュイを眺めながらぼんやりと考える。
必要なものを買ったらまた森に帰るか、先に進むか。
フーリアとて墓参りに行きたいという当初の目的を忘れた訳ではない。
だが、あの森は本当に心地よかったのだ。墓参りが終わってから戻ってくるという選択肢もあるな、と思うほどには。
とりあえず食料品を買い込むついでに採取報告をすることにした。
キュイの食事用とは別に採取しておいたものだ。薬屋があるようなら、ポーションもいくつか納品してしまいたい。
マジックバッグにはまだ空きがあるが、使わなければ品質が落ちる。キュイが飲むとはいえ、たかが知れている。あまり長く持っていても仕方ない。
採取報酬と合わせて、食料調達の足しになるといいのだが……。
村の中心部にあるギルドのドアをくぐる。
採取報告を済ませ、新たな依頼申請をしていると、サンリーシーシャイ王国の噂が耳に届いた。
こんな小さな村にまで噂が届いているらしい。短いため息を吐けば、キュイが心配そうに見上げてきた。
「大丈夫。何でもないから」
キュイの頭を撫でる。
嫌でも聞こえてきた噂から得た情報は驚くべきものだった。
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