6話 噂
養父母の故郷まで後半分ほどといった頃、ギルドの酒場でとある噂を耳にした。
「聞いたか? サンリーシーシャイ王国の第一王子が回復したってよ」
「古龍から国を守ったっていう天才魔術師か」
「大聖女を追放したと聞いた時はどうなることかと思ったが、王子が回復したんなら安泰か」
王宮医師に繋いだ時点でかなり回復していたはずなのに、回復までかなり時間がかかったものだ。
体内の魔力が上手く馴染まなかったのだろうか。
今まで、クロードほど膨大な魔力を有している患者を治療したことがない。あの後もいろいろと大変だったのかもしれない。
それでも無事に回復したと聞いてほっと胸をなで下ろす。
最近、サンリーシーシャイ王国のいい噂を耳にしていない。
どうやら一部の貴族と平民達が反発を起こしているらしい。
古龍を退けたとはいえ、退治した訳ではないのでまた帰ってくるかもしれないという不安。
第一王子が長らく回復しないことへの不安。
国は古龍へ対して何かしらの対応を取る様子はなく、今まで通り。異国の地ですら不信感を抱くほどなのだから、自国民はもっと不安に違いない。
不安と不信感が大きくなるごとに、大聖女を追放処分にした王家の責任を追及する貴族も出てきたそうだ。
聖女の扱いについて疑問を抱く者も増えたのだとか。
内情を知るフーリアとしては今さら何を言い出したのかと思う。
ただ内部に目を向けてこなかった人達が、知ろうとするキッカケとしてちょうどよかったのかもしれない。
元々言いたくても言い出せなかった人もいるだろうし、良いことだと思っておくことにする。
三つの不安が混ざり合い、国はかなり傾いているのだとか。耳をそばだてて得た情報なので、どのくらい正しいのかは分からない。
けれど今回、クロードが回復したことにより、事態は好転するのだろう。
カリスマ性もあるし、凄い人なのだ。加えて国を救った英雄でもある。
教会に引きこもっていた顔も知らぬ大聖女とは今まで築いてきた信頼度がまるで違う。
彼ならきっと素敵な国を築いてくれる。
フーリアのことなど、時間が経てば忘れていくだけだ。
叶うなら、これをキッカケとして教会の内部や聖女・神官たちの待遇も良くして欲しいものだ。
肉を頬張りながら、かつての職場に想いを馳せる。
今日はクロード回復記念で特上肉を注文した。ワインと合わせると、この辺りなら十日は宿に泊まれるほどの高級品だ。
退職金を弾んでもらったおかげで出来る贅沢である。
常設の採取依頼しか受けないフーリアだが、状態が良いということでギルド側が追加報酬をくれたおかげで懐が温まったから、というのもある。
今日は良い夢が見られるかもしれない。
デザートも追加しようとメニューに手を伸ばす。すると先ほどの冒険者がまさかの追加情報をもたらした。
「いやそれがそうでもないらしくてな。回復した王子は大聖女を追放したことにひどくご立腹で、改革を行うって話だ。大聖女も連れ戻したがってるとか」
「そういや、なんで大聖女を追放したんだ?」
「不敬罪って話だ。王子が倒れたタイミングだから、他の王族を罵ったとかか?」
「そんな理由で大聖女を手放すとか馬鹿だろ」
「それらしい理由をつけて、追放しただけじゃないか?」
「あー、そっちの方がしっくりくるな」
「他の国に売った、とかは? あそこの国は大聖女を教会の外に出さないから他の国にいてもわかんないだろ」
連れ戻したがっている? なぜ?
国が傾いているとはいえ、それは主に王家への不信感が原因である。
教会は今まで通り、動いている。神官長が頑張ってくれているのだろう。
フーリアを連れ戻したところで、王家への信頼が回復するわけではない。むしろ新たな火種を生みかねない。
他国に逃げ込む前に確保しておきたい、というのなら、噂を流した時点で国が不利になるだけだ。
これをキッカケにフーリアを引き込もうとする国が出て来る可能性がある。クロードがそれに気づかないはずがない。
相談相手がいなければ、すぐ近くで話している人達に詳しく尋ねることも出来ない。
自分で考えて答えを見出すだけだ。肉を頬張る手を止め、思考に浸る。
自分はそう思っている・聖女を大切にしているというポーズを取っている、とか?
今まで意思表明をすることが出来なかった彼が、意識を取り戻してすぐのタイミングで陛下とは異なる考えを提示することで、国内に広がりつつある不安を解消するのが目的か。
同時に教会サイドへも聖女と神官を尊重すると示すことが出来る。
そう考えるとしっくりとくる。国を愛する彼らしい考えだ。
「国の新たな門出に乾杯でもしようか」
グラスの中でワインを揺らしながら、クロードの活躍をまぶたの裏に思い描く。彼ならきっとステキな国を作ってくれる。
国に残った友人も彼の元なら今よりずっと働きやすくなることだろう。
そしてゆくゆくは王妃様となる女性と手を取ってーー。
未来を想像すれば、じんわりと涙が溜まる。
諦めたはずが、想いは完全に断ち切れていなかったようだ。
残った肉をワインで流し込む。
目を付けていたティラミスを頼むのを止め、宿へと戻った。シャワーも浴びずに、頭から布団を被る。
明日の朝一番にこの村を出発しよう。
依頼はすでに請け負ってある。金の余裕もある。目的地まで残りわずかだが、急ぐ理由もない。
しばらく噂話など耳に入らない山道を進もうと心に決めて、眠りについた。
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