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19話 紫色の花束

 ――だが数カ月が経過しても、フーリアが国を発つことはなかった。

 いや、フーリア本人には出ていく気はあるのだ。だが他の人達がそれを拒み続けている。


 ルイス陛下からはクロードのパートナーとして社交界にも出るように命じられ、気付けば我が国の大聖女として紹介されていた。


 なんでも他国の王族を助けたという話は大陸中どころか、他の大陸にも知れ渡っているのだとか。


 そのせいで社交界だけではなく、クロードの公務に同席してほしいと頼まれることもしばしば。加えてキュイが神獣と認められたせいで、ルイスとクロードの兄弟がフーリアを手放そうとしないのだ。


「愛している、フーリア。結婚しよう!」

 クロードもフーリアを国にとどめようと、度々に求愛をしてくるようになってしまった。


 国のために結婚すると吹っ切れたのか、とてもいい表情ですらすらと愛の言葉をささやくのである。



 神官長もこれ幸いと、次なる大聖女を探す仕事を放棄している。

 フーリアの不在期間中に推薦された聖女たちがよほどお気に召さなかったらしい。


 今ではキュイ専用ポーションを作るための薬草園の管理まで始め、せっせと餌付けしている。


「もう諦めて結婚したらどうですか? 当家が後ろ盾になりますよ」

「冗談を言わないでください。責任を取って結婚させられるなんてイヤでしょう?」

「私は真面目に言っているのですがね」

「なお悪いですよ」


 同僚としての距離が近づいた神官長とそんな会話を繰り広げることも増えてきた。

 フーリアも『国のためになるのであれば、少しくらいいい思いをしたって……』と心が傾きかけている。


 新たに陛下となったルイスは結婚推奨派で、クロードには婚約者がいない。


 第一王子に婚約者がいない、というのは大陸中を探してもなかなかないと思う。

 実際、初めからいなかった訳ではない。フーリアが教会に来たばかりの頃は彼にも婚約者がいたのだ。


 だが相手の公爵令嬢が呪いにかかった後遺症として、魔力を受け付けぬ身体となってしまったことで事態は一変する。


 元々魔法は使えなかったらしく、日常生活には何の影響もないそうで、今も元気に暮らしている。ただ魔力量が人より多いクロードとの子作りは難しいと判断され、婚約は解消された。


 今は、第二王子だったルイスの婚約者となり、近々結婚される予定だ。

 イレギュラーがあったとはいえ、彼女は当初の予定通り、王の妻となる。それが彼女に課せられた運命ということだろう。


 ちなみにその公爵令嬢は過去に呪いを解いたフーリアに好意的で、クロードとの結婚を推奨する一人でもある。

 彼女だけではなく、公爵家の当主と先代、そして公爵令嬢と共に呪いがかけられていた先代の奥方までもがフーリアと親戚関係になることを望んでいる。



 フーリアさえ折れてしまえば、細かいところは周りがどうにかしてくれるのだろう。


 今まで通り、聖女として働いていても感謝されることはあっても止められることはない。


 一見すると、得るものばかりで失うものはないように思える。


 だがここで折れればこの先、一生『責任を取って結婚してもらった』という重責を背負うこととなる。


 好きな人には幸せになってもらいたい。


 だからフーリアは、今日も折れてなるものか! と決意を固くする。


「ところで今日の薬草は妙に多いですね。いつもは入れない薬草も多いですし、新作ですか?」

「ターンコットイ王国は我が国よりも湿度が高いと聞きましたので、あっさりめで作ろうかと。その試作品です」

「ターンコットイ王国にポーションを送るんですか?」


 ターンコットイ王国と言えば、あの日、デイビッド王子に呪いをかけた犯人はすぐに捕まったそうだ。


 また、呪いが解けると共に持病もすっかりと治ってしまったらしい。

 後日、感謝の手紙が届いた。


 元々交流のあったかの国との友好はますます深まったそうで、国同士で贈り物を贈り合っているようだ。


 ポーションもその一環なのだろうと思ったが、そうではなかったらしい。


「いえ、行く時に一緒に持って行ってもらう予定ですよ」

「キュイはターンコットイ王国に行く予定なんてありませんよ?」

「何を言っているのですか? キュイ様にもちゃんと招待状が届いていますよ」

「招待状?」

「忙しいのは分かりますが、他国の王族の結婚式となると重要度が違います。全く、クロード様がドレスを用意しているからいいものを……」


 眉間に皺を寄せる神官長だが、忘れているのではない。聞いていないのだ。


「初耳なんですが!」

「先日、針子が採寸に来たでしょう」

「それは夜会の分じゃ……」

「夜会のドレスにしてはデザインが落ち着きすぎています」

「私にはドレスなんて見分けられませんよ。聖女服以外の服だってよくわからないのに……」

「まぁそのうち慣れるでしょう」

「慣れたくないんですよ……」


 服を贈られたのは今回が初めてではない。

 夜会やお茶会、その他公務に参加するからと何かにつけて服やアクセサリーを贈られるのだ。


 大聖女として参加するのだから聖女服でいいと言っているのだが、折角だから、とクロードの王子スマイルで丸め込まれてしまっている。


 徐々にクロードの服装との共通点が増えていっているのはフーリアの勘違いではないはずだ。


 その度に、深みにはまっていっていると実感する。



「フーリア!」

 ため息を吐けば、愛する人の声が耳に届いた。

 大きな花束を抱えたクロードがこちらへと向かってきているのだ。ちょうど休憩時間に入ったのだろう。


 今日も紫の花を用意してくれたらしい。

 花の種類は違うが、彼が持ってくる花束はいつも紫色。フーリアの瞳の色である。


 花冠の代わりに彼は週に一度の頻度で花束を贈ってくれる。


 あの日の約束を覚えていてくれて? なんて思ってしまうのは、フーリアがまだ彼への気持ちを捨てきれていないから。


 もっと強く拒絶出来れば、彼も結婚にこだわることもないだろうに、切り捨てられずにいる。

 神官長はそんなフーリアの気持ちを見抜いているのだ。


「ほら、王子様のお出ましですよ。キュイ様は私に任せて行って来たらどうです? そしてさっさと結婚を決めてください」

「なんでそんなに結婚を推すんですか……。国内有数の貴族なら王子と平民の結婚なんて反対するものでしょう?」

「その考えはもう古い。大聖女追放を境に、貴族の中でも考え方を変えた者も多いのですよ。私もそのうちの一人です」

「着々と外堀が埋められてきているような気がするんですが……」

「気がするのではなく、埋めているのです」


 神官長はふっと鼻で笑ってフーリアの背中を押す。


 フーリアの覚悟に反し、深みにはまって戻れなくなる日も、そう遠くないのかもしれない。


愛する人には幸せになってもらいたい気持ちとこれは流れに身を任せてもいいのでは?というちゃっかりした性格との狭間で葛藤するフーリアと、完全に吹っ切れたことで押して押して押しまくれ作戦に入ったクロードでした。


これにて完結となります。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました!


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