16話 バスタイムの後で
フーリアにとってはそうでも、男達にとってはそうではなかったらしい。
ベッドに横たわる男の正体はターンコットイ王国の王子、デイビット=ターンコットイだった。
ターンコットイ王国と言えば、ちょうどフーリア達が向かおうとしていた大陸にある大きな国である。
今回のお祭りにお忍びでやって来ていたらしい。
偉い人だろうとは思っていたが、想像していたよりもずっと身分が高い人だった。
すでに船は貸し切り状態。フーリアとキュイ以外の客は外に出されているらしい。
国の方にも報告が届いており、停泊許可が取れているそうだ。
そもそもなぜなぜフーリアが乗り込むことが出来たのか。
乗員は乗せた覚えはないという。だからてっきり降りるのが遅れた客だと思っていた、と。
不思議なこともあるものである。
やはり神の導きがあってこそだろう。
相手が王族ということもあり、フーリアは彼が回復するまで船内で待つことになった。
何かあった時のために隣の部屋を使わせてもらい、そこで食事を摂る。
昼食を用意してくれると言ってくれたのだが、辞退させてもらった。
フーリアには持たせてもらったご飯があるし、キュイはポーションを所望している。
代わりに大きめの桶とお湯を用意してもらうことにした。
キュイ用の簡易風呂の完成である。
キュイは花畑の時と同様に、やり切った表情でぷかぷかと浮いていた。
周りの人達はそんなキュイを不思議そうに眺めていた。
違う大陸の人から見てもやはりキュイは謎の生物のようだ。
キュイがお風呂を楽しんでいる間に、デイビッドの目が覚めたようだ。水気をふき取り、隣の部屋へと移動する。
彼はすっかり元気になったのか、上体を起こし、こちらに手を振った。
唇にも赤みが出てきている。潤いもあるので、水も飲ませたのだろう。
健康と程遠いようだったら追加のポーションを飲ませようと用意していたが、不要だったようだ。
「聖女殿、そして真っ白な君。君たちがいなければ私は死んでいただろう。感謝する」
フーリアとキュイに頭を下げる。
キュイがお風呂を楽しんでいる間に、教会からの使者が到着したらしい。
教会にストックされている中で一番品質の高いポーションを持ってきてくれたそうだが、フーリアが渡した物よりも品質は劣る。何より、自分達ではこの判断を下すことが出来なかっただろう。そこに居合わせた聖女はよほどの実力者であろう、と話したそうだ。
「私は昔から身体が弱くてな、医師にも教会にも世話になってきた。だから分かるんだ。君たちから注がれた魔力の強さも、ポーションの力も」
「私はただの通りすがりの元聖女ですよ。この子だってお風呂好きのただのもふもふちゃんです」
「謙遜を。君たちさえ良ければ我が国の聖女にならないか? 大聖女の椅子を用意する」
「大変ありがたい申し出ですが、お断りさせて頂きます」
「以前よりもずっと待遇を良くするぞ」
「っ!」
「追放された大聖女。こうして会うのは初めてだが、噂は耳にしていたからな」
気付いていたのか。まさか違う大陸まで大聖女追放の噂が届いているとは……。
人の口には戸が立てられないというが、そこまで広がっているのなら今後はもっと慎重に行動すべきなのだろう。
なんとか穏便に済ませられないか。出来れば断りたい。
それでもどうすれば切り抜けられるのかが分からない。頭が痛い。
だが彼の聞いた噂はフーリアが想像していたものとまるで違った。
「アメジストのような瞳が大変キュートだと。確かに我が国の王冠にはめ込まれているアメジストと劣らぬ美しさだ」
王族とはいえ、なぜ他国の、大陸の向こう側に住んでいる人がフーリアの身体的な情報を知っているのだろう。
褒められていることは伝わってくるが、気味が悪い。
遠回しにそちらの国の情報は筒抜けであると脅されているのか。
キュイを抱きしめて身構える。
けれど目の前の男がそれを気にする様子はない。この場にやってきた幸運に浸っているようだ。
「私が助かったのが神の思し召しというのなら、私が君を知っていたのもまた運命なのだろう。なぁクロード」
男の呼びかけにやって来たのは、フーリアもよく知るクロードだった。
「なぜここに!?」
なぜ他国の第一王子がこんなところにいるのか。フーリアを探す途中でたまたま立ち寄った、というにはあまりにも都合がよすぎる。
何をしたのか。
振り返れば、デイビッドはケラケラと笑っていた。まるで悪戯が成功した子供のようだ。
「クロードは私の友人だからな。クロードが追放された大聖女を探しているという話は耳に挟んでいたから呼び出したのだ」
「本当は自分の手で見つけ出したかったのだが、神獣を連れてるとはな……」
「気に入った人間の前にのみ現れるとは聞いていたが、まさか自分が祝福を受けることになるとは思わなかった。旅はしてみるものだな」
男は心底楽しそうにハハハと笑った。
だが神獣とは何のことか。この場で獣と呼べるのはキュイだけ。
まさか……と視線を向ければ、キュイ? と不思議そうに見つめ返してくる。
確かにキュイには不思議な力がある。
だが教会に飾られていた、かつて国を助けたという神獣の絵画とは似ても似つかない。
キュイはキュイ。森で見つけた謎生物である。
「笑いながら言うことじゃないだろう。……呪いとのことだが、犯人は見つかったのか?」
「辿らせている。直に見つかることだろう」
「そうか。ゆっくり休め」
「そうさせてもらう。この船は貸し切りにしているから、クロード達もゆっくり話し合うといい」
「ああ」
隣室に移り、クロードと向かいの椅子に腰かける。
こうして顔を突き合わせるのは数カ月ぶりだ。元気そうで、本当に回復したのだと胸を撫で下ろす。
噂では聞いていたが、やはり自分の目で見た方が安心できる。
ホッとしているフーリアに、クロードは深く頭を下げた。
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