2話 恋の蕾
「人生何があるかわからないものですね〜」
ぽつりと呟けば、騎士達の身体がびくんと跳ねる。恨んでなどいないので警戒しないでほしい。
国への未練はないし、国内には墓参りに行くような相手もいない。
十数年前に、一カ月だけ孤児院にいたこともあるが、期間が短かったことや幼かったこともあり、思い入れはない。
今まで長く住んでいた教会での生活も似たようなものだ。あそこはただの職場。家ではないし、家族もいない。
友人はいたけれどお別れは済んでいる。
縁があれば会えるかもしれないし、もう二度と会えないかもしれない。
だが教会にいればそんな機会は何度もあって、フーリアはそんなものかと受け入れられる性格だった。だから気にしていない。
むしろ貯まりに貯まったお金でのんびりと薬草採取の旅でもしようかと考えているくらいだ。
窓の外の鬱々とした森だって、フーリアからすれば薬の宝庫である。
王子の体調だけが心配だが、聖女の力を必要とする期間は過ぎている。それが分かったからこその国外追放である。
後は宮廷医師がどうにかしてくれるはずだ。
「あ、この辺りで大丈夫です。下ろしてください」
「隣の国の王都までお送りするようにと申しつかっておりまして」
「前からこの森に直接来たいと思ってたんですよ。魔物避けもちゃんと持っていますし、携帯式のテントもありますのでご心配なく!」
「ですが……」
神官長からもらったのはマジックバッグだけではない。こちらはむしろおまけだ。
フーリアが先にねだったのは、携帯式テントと魔物避け。
それらが教会の備品として確保してあることを知っていた。
だから「いきなり森に放り出されて自力で食糧を集めて暮らせだなんて、それじゃあ孤児院にいた頃と同じだわ。いいえ、屋根のある寝床があるだけあの頃の方がずっとマシよね……」と泣き落とした。
貴族出身の神官長からは随分と嫌われていた。
それでも嫌いな相手とはいえ、野垂れ死にでもされたら気分が悪いからだろう。あっさりとそれらを譲ってくれた。
あの人の場合、平民を差別しているというよりも、身分が高すぎて平民の生活を知らない可能性は否定できないが。
もし毛嫌いしていたら、先代大聖女からの推薦とはいえ、フーリアを次期大聖女として受け入れることはしなかっただろう。
身分差があることに加えてフーリアは大聖女として神官長と議論を交わす回数も多かった。
何度も衝突を繰り返していくうちに、神官長はフーリアを見かけると嫌そうな顔を隠しもしなくなった。
それでも嫌がらせされたことはないし、正面きって嫌味を言われることがあっても悪口を言うようなことはない。
嫌われているとは思っていたが、フーリアは彼が嫌いではなかった。
ちなみにフーリアはそこまでひどい環境で育った訳ではない。
確かに昔お世話になった孤児院はとても子どもを守る環境ではないと認められ、少し前に監査が入ったほどだが、そこに所属していたのはわずか一カ月。
実りの季節で、近くに川もあったため、あまり苦労をした記憶はない。当時は子ども故に苦労することもあったのかもしれないが、詳しいことは昔のことすぎて忘れてしまった。
それ以降は優しい人に引き取られて、ごくごく普通の平民としての生活を送ってきた。全く世間を知らないというわけではない。
野生の動物をシメることだって出来るし、食べられる野草とそうでないものの見分けもつく。野宿もまぁいけるだろう。抵抗はない。
一人になっても生きていけるようにと、亡き養父が仕込んでくれた。
ちなみに泣き落としは亡き養母仕込みである。いざという時のためにとっておけ! としつこいくらいに言われ続けていたのが今になって役立った。
この事が神官長にばれたら今まで以上に嫌われるのだろう。
だがもう会う機会はない。生きていくためにも、遠慮なく使わせてもらう予定だ。
養父母は移住民だったようで、亡骸は息子夫婦の住む故郷に眠っている。
彼らとは年に一度、年明けを祝う手紙を送るくらいの交流しかない。
とはいえ両親がどこからか拾ってきていつのまにか養子にしていた上、一度も会ったことがないフーリアを受け入れてくれるだけでもありがたかった。
土の下で眠る養父母に聖女を辞めた報告をするため、一度墓参りに行くべきか。
ずっと行きたいと思っていた墓参りに行けるだけでも追放された意味はあったのではないかと思い始める。
それに大事な人も守ることができた。
クロードの命に比べれば、入国できない国が一つ出来ることなど痛くも痒くも無い。
「ここはもう隣国ですから。あなた達はしっかりと追放任務を果たされました」
「……っ! お守りできず、申し訳ありませんでした」
「お気になさらず。それではどうかお元気で」
フーリアがにこりと笑えば、彼らは泣きそうな顔で「どうかお元気で」と敬礼をする。
おそらく彼らも神官長と同じように、何か勘違いをしているようだ。
しぶとく生き残るつもりなのでそんな戦地に赴くような礼はいらないのだが、好意はありがたく受け取っておくことにしよう。
ぺこりとお辞儀して、去りゆく馬車を見送る。
これであの国との縁は完全に切れた。
もうクロードとも会うことはないだろう。
「淡い恋だったなぁ」
ぽつりと呟くが後悔はない。
ただ小さな恋の蕾がポトリと落ちただけだ。
「面白い」「続きが気になる」「フーリア頑張れ!」と思われた方は、作品ブクマや↓にある☆☆☆☆☆評価欄を★★★★★に変えて応援していただけると嬉しいです!