15話 急病人
ベッドの上では大きな男が苦し気に横たわっていた。
顔は青白く、唇は薬草をすりつぶしたような色をしている。遠目から見ても普通ではない。
許可を取ってからベッドのすぐ隣まで進む。
呼吸と脈を確かめる。少し乱れているが、そこまでではない。
フーリアがそれらを確かめ終えると、ここまで連れて来てくれた男が状態を説明してくれる。
「持病の薬は使ったが効かない。回復魔法も効く様子はなく、専属医師の見立てでは何かを併発しているのではないかとのことだ」
「専属のお医者様でも分からないとなると、教会が管理する領域である可能性が高いですね」
「ああ。私達もそう考え、近くの教会から聖女か神官を派遣してもらうことは可能か尋ねているところだ」
「体調が悪くなったのはいつですか? それらしい兆候は?」
「国を出発してからずっとお元気だった。それが船が止まる少し前、息苦しさを感じ始めて、それからすぐに持病の薬を投与し、回復魔法をかけた。落ち着いてから降りるつもりが……」
「回復魔法を使ってから悪化したのですか?」
「ん? ああ、順番としてはそうなるな」
なるほど。この症状なら見たことがある。これは病ではなく呪いだ。
病とはウイルスや、自身の魔力もしくはなんらかの事故等によって引き起こったものを指す。
教会に来る患者の多くはこれに相当する。
重症もしくは珍しいものでなければ医師でも対応が可能だ。ポーションや回復魔法で治るケースも多い。
一方で呪いは他者の魔法によって引き起こされる。
治療目的や自身ではどうしようも出来ない力を抑え込むために使用されることもあるが、多くは相手を害するために使用される。
こちらは医師では対処することは出来ない。
複雑に魔法を練り込まれているため、完全に教会の、それも特定の聖女と神官の領域となる。
解呪に関しては神官長よりもフーリアの方が数倍上手く、サンリーシーシャイ王国で一番の実力者であるという自負がある。ポーション作りに次ぐ、いや、ポーション作りよりも得意な分野でもある。
神官長曰く、解呪は魔法で練られた糸全てを解いてやる! という執念のような根気が必要とのこと。言い換えれば、根性と知識と必要な材料と魔力があればどうにかなる。
最も重要なのは術者に負けない強い心。
フーリアは喧嘩を売るなら正面切って売れ! と怒りながら何人もの貴族を救ってきた。
そして今回も質の悪い呪いに憤っている。
今回の呪いはおそらく、彼の持病が悪化するタイミングで発動するように操作されている。その上、この呪いは弱っていれば弱っているほど進行が早く、弱っている状態で回復魔法をかけると病状が加速するという性質を持つ。
ポーションを飲ませて内部から回復させる必要があるが、このポーションもハイランクでないと逆効果。飲ませてから一気に回復させる必要がある。
フーリアが過去に解いてきた中でも厄介な部類に含まれる呪いだ。
古くから使用されている呪いのようだが、術者の技量と魔力量が重要視されるため、成功することは少ないのだとか。故に知名度が低い。
大聖女や神官長なら呪いにも精通しているが、普通の聖女や神官ならよほどの勉強熱心か、呪いを専門としているものでないと気付くことはできない。
町の教会に連れて行ってもこれを見分けることが出来るかというとかなり微妙である。
さらに言えば、治療方法に辿り着いたところで、それを実現出来るかどうかはまた別問題。
フーリアとて、高品質のポーションを持っていたのは本当にたまたまで。
ギアード達へのお礼として用意した分を半分しか受け取ってもらえなかったからに過ぎない。
「すみません、鑑定魔法が使える方は」
「私が使える」
「ではこのポーションに鑑定をかけて品質を確認してください。問題ないようでしたら解呪に使います」
「解呪って......。一体何をするつもりなんだ?」
彼の身に起こっていることと今から実行しようとしている方法を伝えれば、男は顔を歪めた。
成功するか怪しんでいるのだろう。
だがこのポーションだってフーリアとキュイが厳選したかなり珍しい薬草を使ったものだ。
この町の教会にもこれと同じか、それ以上の品質のポーションがストックされている保証はない。
なにより、ベッドに横になっている男がいつまで耐えられるか……。
どうしようか悩んでいるうちに鑑定結果が出たようだ。耳打ちをしている。そして大きく目を見開いた。
「ここまで高品質なポーションを持ち合わせているとは……。あなたは一体」
「元聖女です」
「今はそういうことにしておこう。聖女よ、どうか彼を助けてください」
「任せてください」
大きく頷くと、今までいい子にしていたキュイがぴょんっと跳ねた。
ベッドの上の男の腹に飛び乗り、キュイキュイキュイと鳴き出した。まるでサイレンだ。
以前よりも弱いが、また発光している。
キュイの意図は分からない。けれどここだとでも言っているようだ。
ポーションを飲ませてから、キュイのいる場所に回復魔法をかける。
凄い勢いで魔力が吸い込まれていくような感覚を覚える。クロードを釜で煮込んでいた時とよく似ている。
今回、媒介アイテムは使用していない。にも関わらず、これほどの感覚があるとは……。
効いているはずだ。キュイの発光も少しずつ大きくなっていく。
けれど光は柔らかい。
優しい光は、ベッドごと包み込み、そして染み込むように溶けていった。
「今の光は……」
周りの人達が呆然とする中、キュイは身体から降りてベッドの上をピョンピョンと跳ねている。
キュイの助け? もあり、男の顔色はすっかりと良くなっている。
唇の色も正常、とまではいかないが、少し白くなっている程度。呪いは消えていた。
ポーションがあって良かった。
船の上でも何があるか分からないから、自分でもいくつか持っておきなさいと言ってくれたギアードに感謝である。
一気に肩の力が抜けていく。
「助かりましたよ」
さて、持たせてもらったサンドイッチを食べようか。
キュイも疲れている。お風呂は無理でも残りのポーションを持たせてあげよう。
ベッドから掬いあげ、今度こそ自分の個室へと向かおうとする。
チケットはどこに入れたっけ? と探っていると、周りの男達が一斉に頭を下げた。
「聖女様、あなたには感謝しかありません」
「いえ、当然のことをしたまでです。ポーションを持っていたのも、私がこの船に乗り込んだのも偶然。神の思し召しですから」
フーリアがこの時間に船に乗ったのは、船到着後は港が混雑すると教えてもらったから。
ポーションを持っていたのはギアード達からの優しさで、行き先を決めたのはキュイだ。
もっといえばあの時、フーリアが追放されなければこんな遠くの国までやって来ることはなかった。
たまたま腕を掴んだ男が偉い人でなければこの部屋までたどり着くことは出来なかっただろう。
全て、偶然が重なった結果だ。
フーリアだけの力ではこの状況を作り出すことは出来なかった。
言ってしまえば、男の運が良かった。
その一言に尽きる。
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