1-2 転移の魔石
side:ディーン・ファミネ
会場を出た俺はロゼにしゃべりかける。
「本当に良かったのか、ロゼ。今なら引き返せるぞ」
「もう、いいって言ってるじゃん。そもそも、ディーンがいなくなったら私は今後ずっと令嬢のみんなにいじめられて、男からは気持ち悪い視線を向けられるだけの生活になっちゃうよ」
そう告げるロゼに、嬉しさと呆れを織り交ぜた笑みを浮かべてしまう。この国で唯一の仲間である彼女にそう言われるのは嬉しい。
おっと、いけない。
これからどうすればいいかを言わなければ。
「だったら、自室に戻って荷物をまとめて、中庭に来てくれ。俺も引き継ぎを終えたらすぐに向かう」
「了解!」
可愛らしく敬礼したロゼはすぐに女子寮に向かう。
俺はそれを見届けた後、クルリと反対側を向く。男子寮は女子寮と反対方向にある。
ちなみに集合場所を中庭にしたのは女子寮には男の俺じゃ物理的に入れないからだ。さすがは貴族学園。そういう結界が張られているのだ。
「国外追放か……」
ふと、さっき言われたことを思い出し、一枚の紙――勅書を取り出した。そこには、間違いなくエメリヒ(この国の王)の印が施されている。
「やっと終わったか。クソが」
勅書をちぎって地面に捨てて、それを足で踏みつぶした。
◇◇◇
「よし。行こうか」
引き継ぎのための文書を作成した俺は、お金が入った袋と大切な剣を装備し、中庭に降り立った。
「ディーン! やっと結婚できるね!」
「うおっ!」
いきなり背中に衝撃がはしる。
衝撃といっても滅茶苦茶柔らかい。うん、王国一と名高いロゼの胸だ。
振り向くと予想通りロゼがいた。その装いも制服からフリルが施された可愛い衣装に変わっており、彼女の金髪にとても似合っている。
「これで瑠美嘉がいたら良かったんだけどね……」
「……そうだな」
瑠美嘉。前世で俺を救ってくれた子。
俺はロゼ(の前世のアリア)と瑠美嘉がいてくれたから幸せを知った。
物心ついた時から戦場にいた俺にアニメを教え、ゲームに嵌らせてくれた二人の少女。
「この世界にはアーティファクトがある。その中には世界を移動するのもあるかもしれない」
「うん。そのためには強くなってダンジョンに行かないとね!」
「ああ。今のままじゃ攻略は無理だからな」
覚悟を決める。
クロード殿下やアメリア嬢には感謝だ。この国から追放してくれて。
「早速行くとするか」
頭を撫でて、風呂敷いっぱいの荷物を担いだロゼに言う。
ないと思うが、壁を壊されたらすぐ来るだろうし。
ちなみに、俺は特に持っていきたいものは剣しかなかったのでとお金ぐらいしか持ってきていない。
「そういえば、どこに行くの?」
「ランダムだ。それ重いだろ。持つよ」
ロゼの風呂敷を受け取って、ズボンのポケットから空色の石を取り出す。
「クロードたちに邪魔されたらだるいし、転移の魔石を使おう」
魔石とは一つの魔法を込めた石のことだ。自然にはできず、錬金術師と呼ばれる術者にしか作れない。
砕くと封じられた魔法が行使される。使い捨てだ。
「どこに飛ぶのかはランダムだ。確実なのはこの国の外であること」
「え~。そんなことしなくても、自分の脚で出ていけばいいじゃん。みんなディーンの魔法で動けないし」
「三〇分で解除されるって言ったろ。それに、万が一もないと思うが、ぶっ壊されるかもしれないし」
む~と不満そうなロゼにそう言うと、それ以上は何も言ってこなくなった。
「じゃあ行くぞ」
「うん」
魔石を握り砕く。
すると、魔石の欠片が輝きだして、地面に魔法陣を描く。
「そういや、これ何が入っているんだ?」
転移まで少し時間があるため、さっきから気になっていたことを尋ねる。
にしても本当に多いな。教科書とかもう使わないし、こんなにいる?
「えーと、小物とかぬいぐるみとか。あ、でも一番多いのはもちろんお着替えだよ」
「着替、え……?」
「そうだけど。どうしたの?」
ロゼの純粋な質問に思わず空を見上げてしまった。
……やっべ。
「……着替え忘れた」
「え?」
「何にも考えずに飛び出たから、着替えも日常品も何も持ってきてない……」
「ええ!?」
普通に考えたら、飾りの剣と制服だけじゃ生きていけないわ。
「ディーンって時々抜けてるよね」
「いや。この国から出れるのめっちゃ嬉しかったし。あ! でも、金貨一〇〇枚で買ったティーセットは持ってきたぞ!! 先週買った逸品だ!」
「またティーセット買ったの? 確か先月も買ってたよね?」
ロゼはジト目で理解できないといったふうに言うが、ティータイムは俺の唯一の癒しだったんだ。お金がある限り、誰に言われても妥協するつもりはない。
「ま、まあ、お金は持ってきたから買えばいいだろ。その後は仕事を探さないと」
俺は戦えるし冒険者とかいいかもしれない。もしくは貴族学園での学業をいたして他国に志願する……は、身元の証明書ないし無理か。
「はい! 地球に戻ったらスローライフを送りたい! 私とディーンと瑠美嘉で自然でのんびりと生きるの!!」
手を挙げてロゼが言う。その瞳はキラキラと輝いていた。
スローライフか……いいかもしれない。正直もう戦いはこりごりだし。
「そうと決まれば畑付きの一軒家が欲しいな」
「一軒家……幸せの新婚生活……えへへ」
ロゼがトリップしている。
しょうがない奴だが、傾国といっても過言ではない彼女に好かれているのは単純にうれしい。
「っと。そろそろ転移するぞ」
輝きが最高潮に達する。あまりのまぶしさに目を閉じた。
俺はロゼの手を握って転移に備える。
「できれば、街中じゃなくて街の近くがいいな」
「いきなり現れたらビックリされちゃうもんね」
街の近くにお願いしますとお祈りする。
そして、景色が変わった。
……さて、運命の女神様は微笑んでくれたかな?
わくわくした気持ちで目を開けると、視界に映るのは大量の木だ。右を見ても左を見ても後ろを見ても木、木、木。
「……ここは?」
「……森、かな?」
「最悪じゃないか!?」
ええ!? 森って考えられる限り最悪の場所なんだけど!!
当然、地図なんてないし、現在位置もわからない。そもそもどこの森なのかもわからない。
「ま、まあ、自然で過ごしたいというロゼの願いは叶ったし……」
「自然すぎるんだけど」
頭を抱えるが、もうどうにもならない。一応、魔法があるから魔物に対抗できるけど。
「と、とりあえず、歩こうよ!」
「あ、ああ」
ロゼの提案にうなづく。
そ、そうだ……! こんなところで立ち止まっていても仕方ない。とりあえず足を動かそう。
そう決意して一歩目を踏み出した瞬間、踏み出した右足が破裂した。
「ギャアアアア!? 何だなんだ!? ヒ、ヒール!!」
治癒魔法で右足を再生させながら原因を探る。
「あ、ごめん……。魔物だと思った……」
木と木の間から紫髪の美少女が現れた。
王子含めて多くの男たちを魅了したロゼにも匹敵する美貌で、そのスタイルはトップモデル顔負けだ。
ロゼで慣れていたからまだ平常心を保てているが、婚約者がいない今、耐性がなければ一目惚れしていたかもしれない。
特徴的なのは目で、右目が紫なのに対し、左目が赤のオッドアイだ。
「ごめんで済む問題か……?」
とはいえ、何はともあれ助かった。高位貴族が着るようなドレスはどう見ても冒険者の恰好ではないが、この森に一人でいるということは冒険者なのだろう。これで街までの道を知れる。
「ま。それはともかく、俺たちちょっとした事情でここに急に転移させられたんだ。できれば街までの道を教えてほしい。あ、俺はディーンだ。こっちはロゼ」
とりあえずは自己紹介だ。
「私はジュリア。それで、えーと……」
ん?
なんか美少女改めジュリアが言い淀んでいる。
彼女も迷っているのか?
「道がわからなければ、この森の名前だけでも大丈夫だ」
「……森じゃないらしいわ」
ん?
どう見ても森なんだけど……。
ジュリアの言いたいことがわからず首をかしげていると、彼女は面倒そうながらも説明を続けてくれた。
「ここはダンジョンよ」
「……ん?」
「だから、ここはダンジョンなのよ」
「…………んー」
空を見上げる。
……あー、ぽかぽかした陽気があったかくて秋とは思えないなあ。
「ダンジョンか……ダーンジョオン!?」
ようやくジュリアの言葉を飲み込んだと同時に叫んでしまう。
「さっき攻略は不可能って言ったばっかじゃねえか!?」
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