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幕間 貴き剣の最期(貴き剣side/ざまぁ回)

貴き剣はこれで終わりです。あとはアマノカ王国とウルリア王国と……。

■栄火の孤島



 ディーンたちが逃げたその時、貴き剣は彼らを嘲笑っていた。


「ハッ! 所詮は卑しい平民だな!」

「そうだね。あの無様な敗走……まさしく平民といったところかしら」

「違いないな!」


 そう言う彼らの顔には焦りの色はなかった。


「死んだ二人も所詮は男爵と子爵だし」

「やっぱり、高位貴族こそが最強だね!」

「よく考えてみれば、低位貴族が我らの英雄譚に記されるのもおかしな話だ。きっと奴らが死んだのも運命だったのだろう」


 自分たちがここで炎の鳥を倒して、Sランク冒険者に認められて英雄になることを疑っていない様子だ。


「…………」


 しかし、ただ一人、“剣嬢”レティシアだけは冷や汗を流していた。

 こちらを一瞥することもなく、じっとディーンが逃げた方向を見ているボスが不気味だった。


「キュイイイイイイイ」


 炎の鳥が鳴き、火の粉が舞い散る。

 しかし、さすがに慣れたのか彼女たちは全員がよけた。


「ハン! ワンパターンな攻撃なんて効くかよ!」

「……それもそうね」


 余裕をもってよけれたことで自身をつけた槍使いの言葉を聞いて、レティシアは改めて決意を固めた。固めてしまった。


「高貴な私がここで引くなんてありえないわ」


 まさかミスリルすら燃やし尽くす火の粉が攻撃ですらないとは思わず、剣嬢は自身を鼓舞して剣を構える。


「そうよ。私には貴い血が流れている。平民どころかスラム街出身の不死鳥たちとは違うのよ」


 ジュリアは彼女と同じ公爵家の令嬢だし、実はルミも名家のお嬢様だが、そんなことを知る由もないレティシアはそう言った。


「とりあえず、私が魔法を使うね」

「あの火のことを考えると近づくのは危険だしな」

「そうだな。コラリーのせいであいつが持ってた武器も捨てちまったし、ミスリルも燃やされる以上、魔法で戦うのが得策だな」


 明らかにこのパーティーの魔法使いよりも実力が高かったディーンの魔法が通用しなかったのを都合よく忘れ、魔法使いがミスリルの杖を前に構える。

 そもそも、彼女の保有属性である火じゃ同じ属性であるあのボスには効きずらいのだが、そんな基本的なことも考えれてなかった。


「それじゃあ、いくよー。数多の火の矢よ、我が敵を打ち倒せ! メニーファ――」

「イグルアアアアアアアアア!!」


 十本ほどの火の矢が展開され、それがボスに向かって放たれようとした瞬間、貴き剣の背後から地面を揺らすほどの鳴き声が聞こえた。


「な、なに!?」


 急いで四人が後ろを向くと、そこには黄褐色の鱗にいくつもの脈が浮かび上がっている竜がいた。その目はぎらついており、口からは涎が常に流れている。

 竜といってもその壮大な翼で飛んで移動するのではなく、地面をダチョウのように走るのが特徴だ。


「スターブドラゴン!?」

「嘘だろ!? Sランクの魔物じゃねえか!!」


 飢餓竜とも呼ばれる魔物の登場に、貴き剣のメンバーたちもさすがに焦りだす。


「どうする!?」

「……あの鳥は火の粉に注意してれば問題はないし、まずは飢餓竜から倒すわよ」


 レティシアがそう言って、他の三人もターゲットを変える。


(あれも、ようやくこっちを向いたけど問題ないわ)


 ボスがついに自分たちの方に顔を向けたのも気づいてはいたが、それでも攻撃は火の粉を飛ばすだけだと断定する。


「まだ私たちだけでSランクの魔物を倒したことはないけど……蠱毒な星屑もAランクに上がる直前に倒したらしいし、私たちなら楽勝よ」


 さっき戦った男の逸話を思い出し、最下層であるスラム街の人間ができるのならば自分たちもできるはずと思い込む。


 そうして、覚悟を決めた彼女たちは、


「キュ!!」


 ――ノーモーションで放たれた熱線に反応できなかった。


「…………は?」


 レティシアたちは目の前の光景を理解できなかった。


 灼熱の熱線は飢餓竜に悲鳴を上げさせることも許さず、その威圧的な姿を灰にした。

 プライドの高い彼女たちをもってしても、死ぬかもしれないと思わせた強力な魔物は、問題ないと判断した鳥の攻撃によって瞬殺されてしまったのだ。


「……何よこれ……」


 さらに目の前の光景も理解不能だった。

 彼女たちの目には、さっきまであった木々は映っておらず、火山灰のようなものが地面に敷かれているだけだ。

 変わり果てた光景に呆然し、ただ見つめることしかできない。


「キュイイイイイイイ」


 さっきまで散々聞いていた鳴き声によって現実に引き戻される。

 その声は先程とは比べ物にならないくらい、威圧的で恐怖を煽るものだった。


 その目をじっと見ていると、レティシアは二つのことを確信した。


 一つ目は、自分たちではあの魔物に勝てないこと。

 二つ目は……あの鳥は本当に自分たちには心の奥底から興味がないということ。路傍の石程度でしかないのだろう。


「……ふ、ふざけないで! その目をやめなさい!」


 それは、ずっと勝ち組であった彼女には到底受け入れられるものではなかった。

 何よりも認められないのは、格下だと思い込んでいた“不死鳥”にはある程度の興味を示していたことだ。


「殺してやるわ。貴方を殺して私が最速でSランクに……」


 そう言って、剣を構える。

 その構えは、先程と違って震えていた。


「う、うわあああああああ!?」


 しかし、その虚勢も仲間の槍使いが逃げたことで崩れそうになった。


「お、おい!」

「何してるのよ!?」

「う、うるせえ!」


 当然、暗殺者と魔法使いは咎めようとするが、槍使いは恥も外聞もなく泣き叫ぶ。


「こ、侯爵家三男の俺がこんなところで死んでいいわけねえだろ!? てめえら、俺よりも爵位下なんだから、せめて肉壁になれ!」

「な!? ふ、ふざけるな! 俺は伯爵家だぞ!」

「私なんて辺境伯よ! 私を助けなさい!」


 そう醜く言い合って、二人も走り出す。


 しかし、その決死の逃走も、突然地面から生えた土の槍たちによって阻まれた。


「ぐはっ!」


 それが股を貫いて、槍使いは絶命した。


「な、なんだよこれ!?」

「い、いつのまに!?」


 暗殺者と魔法使いが驚愕する。


「土の魔法……あの時の!?」


 混乱する二人とは違って、レティシアは土槍のトラップの正体を見破っていた。

 それは、不死鳥との戦いが始まってすぐのこと。


 奇襲からの二撃目をかわした彼が言った『アーストラップ』という呪文。


 色々なことが起こりすぎて忘れていたが、十中八九あれに違いないと確信していた。


「こんなの、すぐに斬ってあげ――」

「キュイイイイイイイ!」


 土の罠に向かって剣を振ろうとすると、炎の鳥が今までのよりも少し高く鳴いた。

 そちらに思わず視線を向けると、炎の鳥が翼を広げて羽ばたかせている。


「きゃああああ!」


 それによって、今までのと比べ物にならない量の火の粉が舞い散り、魔法使いは黒焦げになってしまった。


「い、嫌だあああああ!! し、死にたくないいいいいいいい!! お、俺は伯爵家だぞおおおお!?」


 それを見た暗殺者が泣き叫ぶが、炎の鳥が忖度するわけもなく、無情にも火の粉に囲まれてしまった。


「ひいっ!」


 即黒焦げにされた最後の仲間を見て、剣嬢は情けなく悲鳴を上げて逃げようとする。


 しかし、足をもつれさせたせいで転がってしまい、逃亡は叶わなかった。


「な、なんでよ! 私たちは高貴な生まれで、Sランクになる英雄なのに!?」


 ヒステリックに叫ぶが、炎の鳥はそれに目もくれずに空を飛ぶ。

 それの余波として火の粉が降り注ぐ。それは、前世で戦場に身を置いていたディーンが見れば、爆撃を想像するかもしれない。


「私は公爵家で……王家に血のつながりを持って……」


 愚かな彼女はここでようやく気付いた。

 ダンジョンに入れば最後、貴族も平民も……それこそ王族ですら関係ないと。


「どうして……どうしてこうなったのよ!」


 視界いっぱいに広がる火の粉を前に、ヒステリックに叫ぶレティシアはようやく思い知る。


「……コラリーを捨てなかったら不死鳥と敵対することもなかった……不死鳥と戦わなかったら、あの鳥の魔物と出会うこともなかった……コラリーを捨てたから私たちは滅びた? たかが平民を……平民を!」


 その言葉を紡いだ後、レティシアはプツンと糸が切れた人形のように項垂れた。


「……いやよ。こんなの嫌! この私がこんなところで死ぬなんて!?」


 火の粉が神に触れ、一番高密度のミスリルの防具が赤くなるのにも気にせず、正気を失ったレティシアが叫びまくる。


「いやああああああああああああ!!」


 こうして、オルロス王国の新進気鋭にして多額の投資を受け取っていたパーティー“貴き剣”は壊滅した。

 ランクを金で買い、平民や貧乏人を見下していた彼女たちが死んだことにより、賄賂を受け取った冒険者ギルドや、それを咎めないどころか助長していたオルロス王国の上層部が大変なことになるが、それはまた別のお話。


 今ある事実はただ一つ。

 彼女たちが求めていた栄光を得れなかったことだけだ。それも、敵に歯牙にもかけられないという屈辱的な殺され方で。

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