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1-13 ボス

side:ディーン・ファミネ



 聖火を纏う神鳥が俺らと剣嬢たちの間に降り立つのを、誰もが無言で眺めていた。


「……ディ、ディーン!」

「あ。わ、悪い……」


 いち早く復帰したルミに呼ばれて、忘れていた呼吸を再開する。


「だ、大丈夫か!?」

「……は、はいです!」

「な、なんとかね……」

「ご、ごめん……腰が抜けちゃった」


 ルミ、ジュリア、コラリーに声をかける。

 倒れているロゼはもちろん、ルミもジュリアもコラリーも顔色が明らかに悪い。


「くっ! とりあえず離れておけ! ジュリアとルミで引っ張れるか?」

「は、はい」

「わ、わかったわ……ほら、動ける?」

「あ、ありがと」

「私も手伝うです」


 四人が離れるのを感じながら、俺は炎の鳥に向き合う。


「……ア、アーハッハッハッハ! 炎タイプには水と地面が効果抜群なんだぜ!」

「その理論通用するの!?」

「というか、向こうは飛行タイプもあるでしょうから地面は無効ですよ……」


 ロゼとルミのツッコミを無視して、炎の鳥に向かって掌を向ける。


「水の巨人よ、その大いなる腕で敵を抱き寄せろ! ウォータージャイアント・ハグ!」


 大量の水が虚空に現れ、大きな巨人の形を作る。

 巨人は炎の鳥の倍ほどのサイズになり、その大きな腕で奴を抱き寄せ――ようとして、周りの炎に当たった瞬間に蒸発した。


「……くそ! 俺が使える水魔法の中では最強なんだが……進化した土槍よ、我が敵を貫け! アースランス・エボルブ!」


 次は、俺が使える中で一番強い土魔法を繰り出す。

 炎の鳥よりも大きい土槍は、しかし、火の粉の鎧によって灰となった。


「ハア!?」


 言葉も出ない。出たけど。

 あの炎の鎧を突破しなければいけないのか……。


「キュイ」

「ッ!?」


 鳩みたいな目で見つめられて思わず身じろぎしてしまう。

 その丸い目が、俺の瞳を覗き込み――


「はーはっはっはっは! こいつを倒したら俺らもSランクだぜ!」


 貴き剣の槍使いの笑い声が聞こえた。


 ……そういえば、いたなこいつら。完全に忘れていた。


「そうね。あれを倒せば私たちも……あれを、倒せば……」


 他のメンバーと違って、剣嬢は現実が見えているらしい。

 ……俺らが束になっても勝てないという現実が。


 震える剣を見ながら、俺はどうすればいいか考えを張り巡らせる。


「キュイイイイイイイ」


 しかし、すぐに思考を打ち切ることになる。

 それまで悠然と佇んでいた炎の鳥が鳴き、周囲に火の粉が一流の踊り子のように美しく舞い散る。


「――ッ!」


 恐怖で震える足をむりやり動かして、後ろに退く。


「――ぁ。ぐ、ぐああああああああああ!?」


 一瞬、指先が熱くなったと思ったら、腕が燃え上がった。

 かすっただけでこれかよ!?


「くっそ!」


 急いで腕を剣で切り離す。

 炎に包まれた腕はすぐに灰となり、風によって飛ばされていった。


「ハイヒール! アースウォール!」


 右腕を治し、すぐに土壁を展開する。


 ……が、その土壁も一瞬で灰と化した。


「伏せてください!」


 灰が風によって吹き飛ばされる瞬間に、ルミの声が聞こえた。

 考える前にそれに従って身をかがむと、俺の上を赤い容器が通過する。

 その赤い容器はとんでもない速さで炎の鳥の方へ飛び、今までのようにすぐに燃え尽きることなく近づき……大爆発を起こした。


「ぐおおおお!!」


 爆発の衝撃で吹き飛ばされる。

 ゴロゴロゴロゴロ! と転げまわっていると、ジュリアとコラリーが止めてくれた。


「大丈夫!?」

「なのです!!」

「……あ、ああ。平気だ。ヒール」


 ありえない方向に曲がった左足を治し、急いで炎の鳥から離れる。


「えい! えい!」

「やあー!」


 少し離れたところではロゼとルミが花火玉を投げていた。


 ど~ん! ぱらぱらぱら! と鳴って、地上で火の花を咲かすのは綺麗で風情があるが、それを楽しんでいる暇はなかった。


「なんで花火!?」

「しょうがないじゃないですか! こんなのしか売ってなかったんですよ!」


 そういや、《異世界ショップ》は一般的に売ってるものしか売ってないんだっけ。

 朝、コラリーが言っていたように、剣や槍や爆弾といったものは売っていないのだ。竹刀とかならあるけど。


「ほら、早く!」

「ああ!」


 脇目も振らずに逃げる。

 三十六計逃げるに如かずだ。


「とりあえず逃げるぞ!」


 俺の言葉に四人はすぐに頷いて、一目散に走りだす。


「ま、待ちなさい!」


 逃げ出す俺たちを見て、剣嬢が声を荒げる。


「ッ!」

「コラリー!?」


 それに反応してコラリーの足が止まる。


「ディ、ディーン様……」

「いいから逃げるぞ!」

「でも、報復とか来たら――」


「キュイイイイイイイ」


「……ッ!? く! アースウォール!」


 炎の鳥の鳴き声が聞こえた瞬間に、反射的に土壁を出す。

 それは、舞い散る火の粉によって灰にされるが、俺たちの身を護ってくれた。


「ギャアアアアア!?」


 悲鳴が聞こえたので、一瞬だけ見る。どうやら、盾使いが死んだらしい。


「走るぞ!」


 コラリーを抱えてまた走る。


「な!? こ、この!」

「ふ、ふざけんな!」

「平民は貴族の盾になるべきだろう!?」


 貴き剣の連中が声を荒げるが、炎の鳥に阻まれているのでこちら側に来ることはできないようだ。


「……ディーン様」

「まあ、どうせあいつらはもう死ぬから気にすんな」

「……はい」


 コラリーは一回だけ奴らを見て、すぐに前を向いた。


「もしも、あの人たちが来てもディーン様が護ってくれるです」

「ああ! 任せとけ!」


 一度大きく頷き、三人のもとにたどり着く。

 そのまま三人を抱え、急いで走りだした。

 もう息が上がっているほど運動不足な彼女たちが自分で走るよりも、俺が一気に抱えて走った方が早いからだ。


「また火の粉が来るわ!」

「くっそ! ウォーターウォール!」


 ジュリアの掛け声に合わせて、次は水壁を展開する。


「それにしても、どうして同じ攻撃しかしてこないんでしょう?」

「……攻撃じゃないんだと思う」


 俺の上でルミが疑問を口にし、それに対してロゼが答える。


「なんでそう言えるんだ?」

「だって、あの鳥動いてないんだもん。体も魔力も」


 確かに。そう言われたら、あの鳥は一歩も動いていないし、魔力の流れも感じ取れなかった。


 ある程度の実力を持つ魔法使いが注視すれば、魔法を使っていたかいないかがわかる。それは、貴族学園で魔法を学んだロゼでもできることだ。

 じゃあ魔法じゃなくて別の力じゃないのか? という疑問も出てくるが、それはない。何故なら、


「……あの火の粉は?」

「こう言っちゃなんだけど、人間でいうくしゃみみたいなものだと思う。ただの生理現象……でも、ミスリルが反応したのを見ると、魔力は混じっていると思うよ」


 ロゼの言うことが本当ならとんでもない化け物だな! わかってたけど!


「じゃあ何か? あいつはまだ攻撃すらしてないと?」

「う、うん。たぶん……」

「……とりあえず逃げるぞ」


 今の俺だと勝てないのはわかっている。

 動かないのならば好都合だ。


「キュイイイイイイイ」


 最後にもう一度あの鳥の鳴き声を聞いて、俺たちは聖火が追いつかない場所まで逃げることができた。


 ……逃げることしかできなかった。

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