1-12 vs.貴き剣
鴛鴦→オシドリ、鸚鵡→オウムです。
side:ディーン・ファミネ
「ああ、くそ! 待ち伏せしてんじゃねえよ! アーストラップ!」
そう悪態をつきながら、高そうな剣による鋭い突きをかわす。
「今のをかわすなんて、ただの平民じゃないみたいね!」
相対するのは新進気鋭の冒険者“剣嬢”とその仲間たち“貴き剣”。
奴らは、貴きという冠に泥を塗るような奇襲をしかけてきやがった。
いきなり、「家を渡しなさい」「渡さないなんて、なんて恥知らずな平民なの!?」と恥も外聞もなく言われた時はビビったぜ。
「これで終わり! 火の槍よ、我が敵を貫け! ファイアランス!」
「アースウォール!」
向かってくる炎の槍を土壁で防ぐ。
……魔法使いはそんなに強くないな。よくてCランクだ。
「そ、そんな……!?」
“貴き剣”の女魔法使いが驚愕の声を上げるが、俺にそれを気にする暇はなかった。
「シッ!」
「水の檻よ、我が敵を拘束せよ。ウォータープリズン」
「な……!」
反対側から、槍使いの男が突進してくる。
一直線に向かってくるそれを水の監獄で閉じ込める。
男は水の中で拘束されたために酸素を取り入れられず、苦しそうにもがいている。
このまま溺死してもらえると嬉しいが……
「ハアッ!」
「死ねぇ!」
「くっ! アースバレット!」
しかし、さすがにそれは叶わない願いだ。
同時に襲ってくる剣と矢に意識を向ける。
矢を土の弾丸で弾きながら、剣嬢とその後ろにいる魔法使いに土の弾丸を強襲させる。
「ふん!」
「きゃっ!」
剣嬢は盾使いに守られたが、魔法使いには普通に当たった。
「ゲホッ! ゴホッ! クソがぁ……!!」
「チッ」
その間に暗殺者に助けられた槍使いを見て、思わず舌打ちが出てしまう。
「コラリー!!」
「ひう!」
魔法使いが大声を上げて、コラリーに怒鳴りつける。
「さっさと盾になりなさ――」
「ウォーターショット!」
言い終わる前に水をぶつける。
「よくも私に! この平民風情がぁ!!」
「お前ら平民に何かされたの?」
「ええ! 小汚い姿が視界に入って、不快な思いをしたわ!!」
「ちょっとおかしいぜ。頭にヒール」
一応、剣嬢の頭に向かって治癒魔法をかけてみたが効果はなし。メンタルも治せる聖女か奇跡の手ならどうにかできたかもしれないが……。
「こんな平民と互角だなんて反吐が出る!! いい加減に死ね!!」
「バカめ! ファイアランス!」
また一直線に突っ込んでくる槍使いに、今度は炎の槍を放つ。もうそっちを向く必要もない
「な!? 中級魔法を詠唱なしで!? それに何よあの威力は!?」
「だあ! やっぱり熱いし痛い!! ヒール!」
魔法使いの驚く声を聞きながら残った五人に警戒し、焼け焦げた右腕を治療する。
これで槍使いは死んだ。次は厄介な弓使いを……!
「ぐおっ!」
「ふひゃひゃひゃひゃ!! バカが!! お前ら貧乏な平民とは違うんだよ!!」
くそ! もろに槍の突進を喰らってしまった!
まさか、たかだかBランク程度の奴がさっきの攻撃に耐える防具を持ってるとは思わなかった! あいつらの財力を見誤った!
「ハイヒール! ミスリルの鎧なんて着てんじゃねえよ!! どんだけボンボンだ!」
槍使いの鎧が銀色から赤色になっている。受けた魔力の属性によって変色するのはミスリルの特徴だ。
ミスリル。この世で最も魔力との親和性が高い銀からできた魔金属。
武器にすれば最も効率的に魔法を使うための媒介になるし、防具にすればあらゆる魔力を吸収する金属。その特徴から、防具は魔法使い殺しとも言われている。
はっきりと言って相性は最悪だ。
「Aランクに成り立ての奴はな! 魔物の素材で装備を創っていきながらな! 慣れてきてようやく、自分で魔金属の鉱石を取りに行って鍛冶職人に頼むんだ! 市場で買うんじゃない! 魔道具の製作に回せよ! 俺だってAランク冒険者の時はミスリルの武器欲しいって思いながら戦ってたんだぞ!!」
「この人たちが自分で取りに行ったっていう説はないんですか?」
「この程度の奴らが採りに行けるわけないだろ!」
「な!?」
クソォ。いつまでも親のすねを齧りやがって……!
魔金属は装備の前に魔道具の材料として使われるのが普通だろ……!
「ずるいずるいずるいずるい!! ずーるーいー!!」
「どんだけ羨ましいの!?」
地団太を踏む俺にロゼがツッコミを入れる。
それで冷静になるが、俺の怒りと羨望は収まらない。それほどまでに、魔法使いにとってミスリル製の装備は特別なんだ。
「……! アースウォール!」
無音でロゼたちの方に飛ぶ矢の群れを土壁で防ぐ。
そのまま自分の方に向かってきた暗殺者の顔に蹴りを叩き込んだ。
「ブッ!」
この暗殺者もそんなに強くないな。魔法使いと同じくらいだ。
今分かってるところで言うと、暗殺者と魔法使いがCランク、槍使いと盾使いと弓使いがBランク、剣嬢がAランクだな。
……正直、Aランクというにはお粗末なパーティーだ。俺を倒しきれてないし。
これは買ってるな。冒険者ギルドは賄賂し放題だし。
「ジュリア! チェンソーを振り回しとけ! ロゼはチェンソーを強化! ルミは万が一のために逃げるのに使えそうなアイテムを探しといてくれ!!」
「わ、わかったわ!」
「うん! リインフォース!」
「わかりました!」
三人の頼もしい返事を聞きながら、チラッとコラリーを見る。
彼女はがくがくと震えていた。
……さっさと倒さねえと。
「デ、ディーン様……」
弱弱しい声で呼ばれる。
「安心しろ! 俺が絶対に護ってやる! せめて今朝あげたパン分の働きをしてもらわねえといけねえからな!」
「うう……ねちっこいです」
「お黙り!!」
よし。軽口を叩けるくらいの気力はあるな。
「自分の身も焦がすほどの火魔法……回復系の魔法……尽きる気配のない魔力……Aランクだった……ディーン……」
その間、剣嬢の奴は何かブツブツ言っていた。
「おい、レティシア?」
盾使いが肩をたたくが、どうやら心ここにあらずという様子だ。
「進化した火球よ、敵を燃やし尽くせ! ファイアボール・エボルブ! ぐあああああ!!」
ちょうどいいので、二人まとめて焼き殺すことにする。
太陽のごとき巨大な火球が奴らに襲いかかり……到達する前に剣嬢の剣と盾使いの盾が赤くなり、火球が小さくなった。
小さくなった火球はミスリルの鎧で完全に防がれてしまった。これじゃあ、両手の燃やし損だ。
「ヒール! それもミスリルかよ!」
「ミスリルの剣と盾合わせても消えないなんて……!」
お互いに一旦下がる。
そして対峙していると、急に剣嬢が笑い出した。
「フフフ。まさかこんなところで会えるとはね。不死鳥のディーン」
「……俺のこと知ってたのか」
自分の名前とかつての二つ名を呼ばれる。
「ええ。貴方たち蠱毒な星屑が最後に活動したのが二年前だったから、確信には遅れたけど……その赤い髪と鋭い目つき。間違いないわ」
「おいおい。人気者だな~。困ってしまうぜ。俺がお前らについて知ってることなんて、金でランクを買ったことくらいだぜ? あとは六対一なのに俺に負けるってことぐらいか」
「ふざけないで。いつか、殺してやろうと思ってただけよ」
「なんで!?」
俺何かしたんだろうか……?
心当たりが多すぎてわかんねえ。
「フ、フフフ……憎き蠱毒な星屑とここで会えるなんてね」
「憎まれる覚えはねえんだけど。ちゃんとお貴族様には媚び売ってたぜ。貴族なんてバカばかりだから、いい顔してたらいい金蔓になってくれるしな」
「噂に違わない貴族嫌いね。私も平民が嫌いなの。そんな平民の貴方たちが史上最年少Aランクって言われてるのは我慢ならないのよ」
そう言い合って、俺は掌を、剣嬢は剣を構える。
「ハアッ!」
「アースウォール・ファイブ!」
刺突に合わせて土壁を五枚出す。
土壁は四枚貫かれたが、なんとか剣嬢の突きを防ぐことができた。
「オラッ!」
「ファイアボール!」
「シッ!」
防いだと同時に、槍と火球、矢が三方向から襲ってくる。
「水の棲家よ、我が身を護りたまえ! ウォーターハウス!!」
自身の周囲を水で守る。
火球は消え、矢は勢いを失くし墜落したが、槍使いは動きを鈍らせたものも水の結界を破ってきた。
これもミスリルか!
「くっ!」
なんとか、青く変色した穂先を身を翻してかわす。
だが、完全にかわし切ることはできず、右肩にダメージを負ってしまった。
まあ、問題はない。
「ヒール」
「チッ。マジで不死だな!」
「そうでもないさ。俺の治癒属性って回復系の中では一番弱いしなッ!」
「グオッ!」
槍使いを蹴って距離をとる。
そのまま、魔法を使おうと掌を向けると――
「動くな! こいつを殺すぞ!」
「ひう!」
――ずっと何もしてなかった暗殺者がコラリーの首にナイフを当てていた。
「貴族様のくせに卑怯な手を使うじゃねえか」
「うるさい! 黙れ!」
軽口をたたくが、このままだと何もできない。
くそっ! 目をはなした俺のミスだ!
とりあえず両手を挙げる。
さて、どうしようか。
「そうだ。そのまま何もするんじゃないぞ……」
「放しなさいよ!」
俺の方を見ながら笑う暗殺者に、ジュリアがチェンソーを振りかぶった。
ナイス!!
「バカが! そんな音が出る武器など当たるわけが――」
「バカはお前だ! アースアロー!」
「なに!?」
空中に飛んで回避したタイミングに合わせて土の矢を放つ。
ろくな回避行動も許されない暗殺者は土の矢をよけることができず、矢が刺さった衝撃でコラリーを落っことした。
「ひゃう!」
落下するコラリーを受け止める。
「し、死ぬかと思ったです」
「俺が護ってやるって言ったろ?」
「……はい」
コラリーが俺の胸に顔をうずくめて、弱弱しく返事をした。
「安心しろ。もう大丈夫だ」
「……そう言うなら、最初から危険な目に合わせないで欲しかったです」
「お前さては余裕あるなガッ!」
「ディーン様!?」
音を置き去りにした刺突が胸を貫く。
くそ! やっぱり、剣嬢だけはレベルが違うな!
「さすがに心臓を突かれるのは効いたんじゃない?」
「ハイヒール! 悪いが、即死以外は軽傷にもなんねえよ! アースランス!」
土の槍を剣嬢に向けて放出するが、軽く剣でいなされてしまう。
くっ! 距離が近い! ていうか魔法使いの俺がなんで一人で戦ってるんだ!
「炎の巨人よ、その力で敵を燃やし尽くせ! ファイア――」
「だったら首を斬ってあげるわ。これで終わり――」
ここだ。ここで決まる。
お互いにそう確信し、最強の一手を繰り出そうと――
「――――!?」
「――――!?」
――繰り出そうとした瞬間、とんでもない悪寒が背筋を走った。
「ディ、ディーン様?」
魔法の発動をキャンセルし、無我夢中でロゼ・ルミ・ジュリアたちの所へ跳躍する。
三人の無事を確認した後、悪寒の原因を探る。
「……空?」
原因は空にあった。真上ではなく左前方に膨大な魔力を感じた。
「お、おい、レティシア!? どうしたんだ!?」
槍使いの声が聞こえる。が、それに対する返答はなかった。
剣嬢は、俺と同じように呆然と空を見上げている。
……そして、それは起こった。
「火の粉?」
風に流れて熱を持つ粉が舞ってくる。
それは、一〇メートル以上離れていても熱さを感じ、触れると同時に木の上にいる弓使いのミスリルの鎧を赤色に変え――
「う、うわあああああああ!?!?!?!?」
「――キース!?」
いとも容易く、ミスリルごと弓使いを焼き尽くした。
「は?」
思わず、疑問の声が漏れてしまう。
しかし、火の粉がそれに応えるはずもなく、触れた木々を燃やしていく。
あれだけ、試しても燃えなかった木が木炭になる……こともできずに一瞬で灰となった。
「…………ッ!」
冷や汗が流れ、足が下がる。
それはこの感情から逃げるために。
前世での戦場でも、今世での冒険でも感じたことのない感情。四天将と相対した時は怒りで塗りつぶしていた感情。
その感情の名は恐怖。
「キュイイイイイイイ」
しかし、そいつの姿を見た瞬間、足は硬直し無意識に息が止まっていた。
それは美しき聖火に包まれし巨大な鳥。炎の服の中には鶏、鴛鴦、鸚鵡、鶴、燕、孔雀などの鳥が混じったような姿をしている。
まるで、一つの文化の栄光を象徴した神鳥。
俺は確信した。
あの神の如き聖炎を纏う鳥こそがこのダンジョンのボスだと。
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