A-1 追い出した者たちのその後①(微ざまぁ回)
微ざまぁというよりはざまぁへの前振りみたいな話。
■アマノカ王国・王都アマノカ/王宮・玉座の間
汚れ一つない純白の壁に深紅の絨毯が敷かれた大理石の床、豪奢な調度品が並ぶ王国、いや、大陸一の建物。
大国アマノカの王城に、一人の男が一際豪華な椅子に座っていた。
「…………」
椅子――玉座に座る男こそ、二〇年前に即位し、アマノカを大国にまで押し上げた賢王エメリヒ・B・アマノカだ。 三五歳とは思えない若々しい肉体をしている。
エメリヒは一枚の紙を黙って見ていた。
「うーむ」
彼が一言発すると、彼の前に跪いていた男がビクッと震える。その顔には冷や汗が流れていた。
男の名前はクロード・K・アマノカ。アマノカ王国第二王子であり王太子で、ディーン追放の首謀者の一人だ。
「確かに王の紋章じゃな」
「……! で、でしょう!?」
紙――クロードがディーンに渡した国外追放を命じる勅書を膝の上に置き、エメリヒはクロードに向かってそう言った。
クロードは少しホッとした表情を見せた後、勢いよく返事をする。
「うむ。疑って悪かったな、クロード」
「は、はい!」
「許してほしい。なんせ、一切の心当たりがないのだ」
「そ、それは……」
「しかし、本当によかったぞ」
急に焦り始める息子を無視して、エメリヒは言葉を続ける。
「いくら大切な息子とはいえ、勅書を偽造されたらそれ相応の罰は受けてもらわねばならぬからな」
「……ッ!!」
「どうした? 汗がすごいが」
カラカラと可笑しそうに笑う国王とは対照的に、王子はさらに冷や汗をかいた。
その意味は……火を見るよりも明らかだろう。
「い、いえ……」
「心配だな。今は涼しい秋だというのに……熱があるかもしれぬから、自室で休んでおくといい。今はそういうのを治せるディーンがいないから、大事になっては大変だ」
「……は、はい。か、かしこまりました」
「うむ。では退出するといい」
父の言葉に王子はほっとしてから、玉座の間から出ていった。
◇◇◇
side:クロード・K・アマノカ
「おい! どうだった!?」
玉座の間を出た私に尋ねてきたのはクリストハルト。この国の宰相の息子でバイヤール公爵家の嫡男。
王国の至宝と呼ばれる者たちの一人で、それに相応しい知的な美貌を持つ男だ。私も至宝と呼ばれているので、彼に嫉妬はしない。
「しばらく部屋でおとなしくしておくようにと言われた」
「……そうか」
まったく。父上の迂闊さにはほとほと呆れる。
いくら息子とはいえ、私が王の紋章を偽装したとは思っていないのだから。あんなのが王とは皆が不安に思うのも仕方あるまい。やはり、私がすぐにでも王位につかねばなるまい。
それよりも、どんな模様でも書き写せるという魔道具を持ってきたレオシュ(騎士団長の息子)には感謝せねばなるまい。ロゼが私の妃となった暁には、指一本くらいなら触れるのを許可してやらんこともない。
ロゼと言えば……。
「ロゼの行方は?」
「それがまだ……」
クリストハルトの報告に思わずチッと舌打ちをしてしまう。
ああ、我が愛しのロゼ。
私は彼女を初めて見た時、彼女こそが運命の相手だと理解し、神にあんな美少女を宛がってくれたことを感謝した。
あまりにも綺麗な金の髪。庇護欲を駆り立てる可愛らしい顔。そして、何よりも興奮を煽って止まない体。そのすべてが完璧だった。
彼女の姿を入学のパーティーで見た時、私たち王国の至宝と隣国の王子であるアーノルドは一瞬で惚れた。
彼女の義兄になった至宝の一人であるパトリックと、専属執事になった同じく至宝のフィンデルが誇らしげに彼女を侍らすのに我慢できなかった私たちは、周りの者たちを使って引きはがすことに成功し、一人寂しくしている彼女を助けてやろうと近寄り……始めたところで、あの忌々しい男が現れたのだ。
ディーン・ファミネ。最低爵位の男爵なだけではなく、汚らわしい平民出の男。そのくせ卑怯な手を使い、入試で三つすべてで一位を取った恥知らずだ。テストはアイテムで採点するため奴の不正を正せなかったが、学校の教員はきちんとわかっていたらしく本来の一位である私を入学スピーチに選んだのは不幸中の幸いだった。もしも彼らまで騙されたと思うとゾッとする。
あの卑しい男は、不相応にも私のロゼを誑かし、その興味を奪った。
なんて卑劣な男だ! と義憤した我々は、奴を引き剥がそうとするが、ことごとく失敗した。雇った冒険者もみな、二度と関わりたくないと顔を青くするし、悪運だけは強い奴だ。
さらに、あの男は何を吹き込んだのか、私たちとロゼとの距離を遠ざけていった。私たちが所持していた彼女の絵もあの男の手によって燃やされた。
最初はパトリックと同じ屋敷に住んでいてすぐに会いに行けてたのに、一か月も経たずにあの男が手続きをして女子寮に引っ越してしまった。伯爵家からのお金で泊まっているわけではないらしく、パトリックが父親に頼んで仕送りを失くさせても屋敷に戻ってくることはなく、いくら王子の権力を振りかざしても女子寮をどうこうすることは叶わなかった。さらには、フィンデルもいつの間にか専属執事の座を解雇されており、学園内でしか会えなくなってしまった。
本当に忌々しい男だ。
「クッ! さっさと連れ戻せ!」
「そう言っても、見つからないんだからしょうがないだろう! なぜか、行先は教えてくれないし!」
売り言葉に買い言葉な反論に言い返せず、私は悔しがる。
アーノルドもモンブロー王国の私兵を使って探しているが、一向に見つからない。
「とりあえず、この秋休暇の間に見つけるぞ!」
まずは他の奴らに連絡を取らなければ……!
……この時の私たちは知らなかった。我々の盤石だと思われていた地位がなくなることを。
◇◇◇
■アマノカ王国・王都アマノカ/王宮・玉座の間
「はあ……」
クロードが出ていった直後、エメリヒはため息をついた。
「王よ。ため息をついたら幸せが逃げますよ」
この部屋の主である国王以外はいないはずの玉座の間に、エメリヒ以外の男の声が聞こえる。
そして、玉座の影から黒ずくめの男が現れた。本当に真っ黒で、顔すら見えない。
「そうは言うがなシン。息子の不祥事を暴こうとする身にもなってくれ」
「お戯れを。貴方が気にしているのは、真の息子であるディーンの身でしょう?」
「今は血は繋がっていないがな……。奴の治癒属性は実験に大いに役立つはずだった。やはり、前回の失敗経験が足を引っ張ているらしい。初めて成功目前までいったせいで、余計に尾を引いてしまっている……」
黒ずくめの男の言葉に、エメリヒは自嘲気味に笑って答える。
そんな時だった。突然、誰かが玉座の間の扉をノックした。
「王よ。お目通りを――」
「しゃらくせえ」
若い青年の声とノックの直後に別の男の声と同時に玉座の間の扉が開かれた。
「……ローランド。王の返事を待てといつも言っているでしょう?」
「ああ? どうでもいいな。俺様はてめえらとは違って臣下じゃねえんだからよ」
「ふざけないで。貴方みたいな下品な男でも、この国の要である四天将なのよ。せめて、私とエメリヒ様の顔に泥を塗る真似だけはしないで」
まず、右目に眼帯をつけた筋骨隆々の男が入り、それに続いて糸目の優男とローブを着た美女が入室する。
「よう、我が王よ。元気そうでよかったぜ」
「お前も元気そうで何よりだ、ローランド。北方に現れたドラゴンの討伐ご苦労だった」
「おうおう。あの程度、なんともねえよ。むしろ、最強の生物って言われる竜があんなに雑魚たぁ、悲しくなったぜ。あとはあれに負けた誇り高き騎士団とやらもな」
眼帯をつけた男――ローランドがえぐえぐと目を押さえて泣きまねをする。
「騎士団……貴族派は今回の件で大きく衰退することになる。それでオロフ。紋章を偽証した犯人がわかったのか?」
「はい。やはり、アーティファクトが使われていたらしく現在捜索中です。提供したのは騎士団長であり、バルトル侯爵家の当主です。やはり、貴族派の仕業でした」
「そうか。よくやった」
「勿体ないお言葉」
糸目の優男――オロフが恭しく礼をする。
「ふん。本当に勿体ないお言葉だわ。我が国の拷問官が、こんなに時間をかけてもまだ現物を見つけていないなんて。私がやれば一瞬だったのに」
「そう言うなマリー。オロフは優秀な拷問官だ。それに君の場合は拷問ではなく殺戮だろう」
「拷問など圧倒的な力を見せてやればいいのです。そもそもこの男が連れてきたディーンなる者が無能だったのがいけませんでした。しかも、偉大なるエメリヒ様のために無償で人生を捧げる気がないとは。あの男はやはり、四肢を切り落とし、精神を乗っ取って、魔法以外できないようにすればよかったのです。この素晴らしい案を、愚かにもエメリヒ様に逆らう貴族派が思ってもいない人権を主張したせいでおしゃかになったことがいけませんでした。きっと、王の力をこれ以上大きくさせまいと思ったのでしょう。もはや、あの程度の小物どもではどうすることもできないというのに。しかも、奴らが自滅するという……失笑ものです。ハッ! もしや、こうなることも読んでいたのですか。さすがのご慧眼。この勢いで、国に無償で奉仕し続ける真の国民以外を処刑いたしましょう」
「そこまでにしておけ」
ローブを着た美女――マリーの言葉をエメリヒが遮る。
「マリー。あの男の精神を乗っ取るのには失敗したんだ。それに、奴の自由を認めたのは私だ」
「先ほども言ったように、それはいまだに無様にも権力にしがみつく貴族派のせいです」
「あと、真の国民なる者たちもいない」
「そんなことありません。少なくとも、エメリヒ様の最強の矛にして盾である私は真の国民でございますしかし、残念ながら、この国はエメリヒ様のお慈悲を察することもできぬ無能ばかりです。先代の愚王の考えを未だに持っている貴族派なる連中がその最たる例。今すぐに浄化が必要です。今すぐに貴方様と私以外が存在しない二人だけの世界を創りましょう」
「マリー、少し黙れ」
物騒なことを言うマリーを黒ずくめの男――シンが窘める。
「なによ。あいつらがどうしようもない無能だということは間違いないでしょ。それに、愚かにもこの国を出たディーンも!」
「おいおい! ディーンのいいところは結構あんぜ! ナニがでけえってとこがな! ガッハッハッハ! それに比べて貴族の奴らはダメだな! 生存本能がなくなってやがる!」
そう言って、笑いながらローランドはマリーの鳩尾の下あたりをトントンと指で叩いた。
「あいつはすげえぜ。なんせ、お前のここまで余裕で届くからな! 見たことねえからわかんねえけど!」
その瞬間、玉座の間に暴風が起こり、ローランドを襲った。
ローランドは吹き飛ばされ、壁にめり込む。
「殺すわよ」
「……今のはお前が悪い」
「ガッハッハッハ! わりいな。うちの女たちなら今ので爆笑したんだけどな!」
「あーいやいや。これだから蛮族は……」
虫けらを見るような目で見るマリーの言葉にローランドは何事もなかったかのように壁から出て謝った。
「それにあいつはいつかは俺らの敵になるかもしれなかったんだろ? Aランクに最年少でなった奴らと戦ってみたかったんだ! まあ、オロフに壊滅させられた程度じゃそんなに強くはないだろうけどな! ガッハッハッハ!」
そして、ローランドの雰囲気が変わる。おちゃらけた存在から、歴戦の修羅のごとき存在感を放つ。その圧に頑丈なはずの壁がきしむ。
「ま。十中八九、また仲間になることはないでしょう」
それらを無視して、オロフがエメリヒに進言する。
「王よ。新たな回復系の属性持ちを手に入れましょう。貴族や平民たちから彼を追放したことに対する抗議の文が送られています」
面倒なことになったものだ、と思いながら、エメリヒは口を開く。
「愚息たちのせいで、ディーンとの契約は切れたからな。それに、奴の治癒魔法を頼りにしている国民も多い」
そこまで言って、エメリヒはオロフに顔を向けた。
「が、そもそも回復系は三人しかいないと言われている。ディーンを除けば、聖神教の聖女と隣の大陸の奇跡の手しかいない。どちらも相応に高い地位だ。それに、それ以上にロゼ・ティファニーが抜けたのが痛い」
「あの女の強化属性はこの国を発展させるのに、大きな手助けとなるはずでしたからね」
オロフが肩をすくめる。その口調は丁寧だが、確かな落胆が含まれていた。
「祝福属性を持つジュリア・エーデルワイスも消息を絶ったしな」
「そうですねぇ。私の魔眼も取られたようですし。それに握りつぶされちゃいました。なにか恨みでもあるんですかねぇ」
「……高確率でディーンとともにいる、か。ならばすることは一つ。奴がダンジョンを攻略した暁には奴をもう一度、無理にでもこの国に戻す。抵抗したら殺せ」
「ひゅー。おっかないな!」
ローランドが楽しそうに笑う。
「我々の現在の目標は貴族派の根絶だ。それは忘れるなよ。ディーンの討伐には八咫烏を使う」
エメリヒはそう言うと、四人を見据えた。
「とりあえず、ファミネ男爵家には領地を返してもらう。元々、ディーンを国で飼うことの対価として借金をチャラにしてやったんだ。それが果たせなくなった今、王家が払った借金は全額返してもらう」
「ガッハッハッハ! 自分たちで追い出したせいで領地がなくなって、大好きな贅沢三昧もできなくなるたぁ皮肉なもんだな!!」
ローランドが大声で笑う。
「今日は君たちも帰るといい。私はこれから旧ファミネ領を新しく治める貴族を選定しなければいけないからな」
「御意に」
「おう! 頑張れよ!」
「かしこまりました。我が愛しのエメリヒ様」
「了解です。我が王よ」
四者四様の返事を聞いたエメリヒは、四人がいなくなるのを見計らってから玉座から立った。
「まさかまた私の手から逃れるとはな、ディーン……いや、龍希よ」
そんな言葉を言い残して。
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