1-1 婚約破棄と国外追放
今回は三人称ですが、次回は一人称になります。
■アマノカ王国・ノーブル貴族学園
アマノカ王国。
近年、急激に勢力を伸ばした大国の将来を担う貴族の令息令嬢が通うノーブル貴族学園。そこでは、多くの生徒が楽しみにしている秋の長期休暇を目前とした学期末パーティーが盛大に開かれていた。
大人たちの付き合いのパーティーとは違って親不在のこの場は、普段の重圧から解放されおちゃらける者、将来を見越してコネを作ろうとする者、婚約者を欲する者と様々な少年少女がいる。
そんな中で異様な空間が一つあった。他の生徒たちもよく見てみれば、そこをチラチラと盗み見ている。
真ん中奥――生徒会などの高位の者たちが集まる場所で、まるで一組の男女を囲うように令息令嬢が円になっていた。
「ディーン・ファミネ!! 私、アメリア・キャンベルは貴方との婚約を破棄するとともに、国外追放を言い渡す!!」
そして、その円から聞こえた女性の声にシンと会場は静かになった。
言い放った女性はキャンベル伯爵家の長女アメリアだ。容姿は可愛いというよりかは美人寄り。
ちなみに伯爵家という高位の貴族だが、円の中では三番目に爵位が低い。今年の二年と三年には王族、公爵家、侯爵家、伯爵家、隣国の王族ととんでもなく高位の者が多くいるのだ。
「あー……そうですね。その資料はそこに置いておいてください」
そして、婚約破棄を言い渡されて頓珍漢な返事をする男はファミネ男爵家の次男ディーンだ。美丈夫と評判の見た目を代表するかのような切れ長の目の下には隈が見える。余程眠たいのか、舟をこいでいた。
「ちょ、ちょっと、何を言っているんですか!? 婚約破棄も国外追放も大歓迎ですけど!!」
ディーンの肩をがくがくと揺さぶらせながら、彼の隣にいた女子生徒がアメリアに向けて叫ぶ。
女子生徒の名前はロゼ・ティファニー。元々は平民だったが、宮廷魔導師並みの魔力を持っていたことでティファニー伯爵家の養子に入った才女だ。
特筆すべきはその容姿で、宝石のようだと言われる美貌と王国一の巨乳は否応なしに男を惹きつける。まあ、その見た目と元平民ということで令嬢たちのいじめの標的やストーカーに悩まされるなど、良いことよりも悪いことの方が多いが。
そんな彼女はディーンを慕っている。何度もアメリアに妾として認めてくれと言っていたほどだ。
どうして、彼女がディーンを慕っているのかというと、学業・武術・魔法すべてで一位を取る彼のスペックもそうだが、一番の理由は前世によるものだ。
そう。彼らは地球過ごしていた記憶がある。そこでは、ディーンの前世“火炙龍希”とロゼの前世“アリア・エリティス”、そしてもう一人の少女が確かに絆を深めていた。
ちなみに、普通は首位がやる祝辞や答辞を忖度でこの国の第二王子にして、ロゼのストーカー一号であるクロードが務めているので外部の人間はほとんど知らないが、テストの結果は貼りだされるので学園の生徒は彼が一位だと認知している。だから、優秀な彼を国外追放しようとすることに驚く生徒が何人もいた。アメリアが浮気をしていたのは全員知っているので、婚約破棄に驚く人間はいなかった。
「わかってくれロゼ。これも君の目を覚ますために必要なことなんだ」
「その通りだ! お前にはそんな卑しい平民など相応しくない!!」
「元冒険者だっけ? そんな汚い血が混じったら君も穢れるよ」
「そうだぜ! それに唯一誇れる試験の結果もどうせ何か不正を働いたんだろ?」
「ああ。王国貴族として、そして何よりも君の兄として彼には罰を与えないといけないし、君の目を覚まさせてあげないといけない」
「目を覚ましてください、お嬢様!」
ロゼを諭すように言葉を並べるのは六人の美形たち。別名ロゼのストーカー軍団だ。
ストーカーだがその地位は高い。アマノカ王国第二王子に隣国のモンブロー王国第一王子を筆頭に、宰相の息子である公爵家跡取り、騎士団長の息子である侯爵家跡取り、彼女の義兄である伯爵家跡取り、伯爵家でロゼ専属の執事(解雇済み)とそうそうたるメンツだ。
そんな彼らを骨抜きにしたロゼに、ディーンはかつて「マジで傾国の美少女だな。アッハッハッハ」と笑いながら話していた。まさかそんな彼らに国外追放を突き付けられるとは思ってもみない暢気な顔だったとロゼは思った。でも、あんな六人よりもカッコいいイケメンだとも思った。
絶対に彼らと目を合わせないようにしながら、ロゼは必死にディーンを起こす。
懸命な努力によって、ディーンはようやく自我を覚醒させた。
「あー、ダメだ。秋の収穫に向けての準備でずっと徹夜だったからか眠い」
ディーンは目をゴシゴシと擦り、周囲を見渡す。
「……なんだこの状況?」
未だに眠そうな口調で疑問を呈したディーンは、ここに至るまでの記憶をたどる。
「確か、アメリア嬢をエスコートしてたら、いつも通り突き飛ばされてカルロス殿がアメリア嬢の手を取って……いや、なんか俺も奥に追いやられて、そこでロゼと合流して……そこから記憶がない」
「そこで気絶したんだよ。もう、私の胸に飛び込んできた時は、ついに私と愛の逃避行をする決心がついたと思ったら、ただ気絶してただけだと知った私の気持ちがわかる!?」
「……心配の気持ちじゃねえかなぁ」
「そうだけど、そうじゃない!」
ぷんぷんと怒りながらも楽しそうに会話するロゼ。
その対象であるディーンに六人の貴公子(よく見れば、ほとんどの男子生徒も)が嫉妬の目を向ける。
国のトップ層たちからの睨みは普通の貴族ならば卒倒ものだろう。しかし、それを意に介さずにディーンは現状確認に努める。
「悪いな、ロゼ。まだ農地改革も終わってないし、この国でやるべきことはたくさん残っているんだ。一応、アメリア嬢が同意すれば妾として娶れるが……」
「あ、その心配はいらないよ。さっき婚約破棄されたし」
「……ん?」
「あと、国外追放の刑を言い渡されたので、もうあほみたいな量の仕事しなくてもよくなったよ。えへへ。式はどこで挙げる?」
「…………んー」
ディーンが天井を見上げる。
「婚約破棄と国外追放……婚約破棄と国外追放!?」
ようやく目が完全に覚めたようだ。
焦って周りを見渡して、雰囲気とメンバーからどうやらロゼのブラックジョークではないことを認識した。
「えっ、え!? な、なぜ、どうして!?」
疑問の声を荒げるが、それに返答する者はいない。いるのは、不安そうな表情をした生徒と、嘲笑か嫉妬の表情を浮かべる生徒、そして天使のような笑顔のロゼだけだ。
「……アメリア嬢。理由を聞いてもよろしいでしょうか?」
なんとか気持ちを落ち着かせて、原因の一人に聞く。
「フッ。そんなこと言わなければわからないのか? 身分違いに礼儀知らず、さらには不正に汚職。貴様のような下賤な者が我がアメリアの婚約者であったなど虫唾が走る思いだ」
「カルロスの言う通りですわ」
浮気相手にしてサエンコ侯爵家の長男カルロスの言葉にアメリアは追従する。
しかし、その理由のほとんどはディーンにとって心当たりのないことだった。
「私の婚約は陛下が組んでくださったもの。身分違いは理由になりません。あとの三つはそもそも心当たりがございません」
ディーンとアメリアの婚約は国王が組んだものだ。
組んだ理由は、ディーンの保有属性が関係している。
この世界には魔法があり、使える属性は生まれながらにして決まっている。基本は一人一属性だが、稀に複数属性持ちがおり、さらに稀に特殊属性と呼ばれる基本六属性――火水風土光闇――ではない特別な属性を持つ者が生まれる。
そして、ディーンの保有属性は火、水、土、治癒の四つ。稀の稀な大天才であった。さらには世界で三人しか確認されていない治癒系の属性だ。
「ふん。そう言うと思っていたぞ。だが、残念だったな!! 出てこい!!」
そう。いくら王子を味方につけたところで国王が決めた婚約を破棄することは難しい。
だから、国外追放もプラスしたのだ。
カルロスの言葉に従って二人の少年少女が現れる。ディーンが黒っぽい赤髪なのに対し、二人のはオレンジに近い赤髪だ。
「兄上、姉上……」
現れたのは、ディーンの腹違いの兄と姉だ。兄であるマークスは一つ上の一八なので青年といった方がいいかもしれない。
「兄と呼ぶな! この卑しい平民が!!」
「反吐が出ますわ!!」
「はあ……」
この二人だが、これまた中々に厄介だ。
彼の才能に嫉妬し嫌がらせをしてくるのはまだ良かった。どうせ、血も繋がっていない、国が無理矢理決めた家族だ。
しかし、まったく領に見向きもせず、ディーンに仕事を押し付け、父と母と豪遊しまくりなのにはディーンも頭を抱えていた。ディーンが前世の知識を活かしながら奔走して発展させればさせるほど散財するのだ。それを注意しても平民が偉そうに、と言うだけ。ちなみに、婚約者のアメリアも中々の散財ぶりだ。
「これが貴様の不正の証拠だ!!」
マークスから紙を一枚受け取る。そこには確かに横領の痕があったが、それをしたのがディーンであるという証拠はなかった。
「私がやったという証拠がございません。そもそもこれは、さすがに次期当主として自覚を持ってくれないと困るという理由で兄上に与えた仕事です。私が横領できる余地はございません。むしろ、この時に税金を計算していた兄上の方が――」
「だ、黙れ!!」
どうやら、マークスも本当にディーンがやったとは思っていないらしい。図星をつかれたように顔を真っ赤にするマークスにディーンはため息を吐く。
「と、とにかく貴様は横領をした罪人だ!! 貴様の除籍を求める署名もここにある!!」
マークスが新しい紙を見せつける。それには確かにファミネ男爵領の領民たちの署名があった。大方、今は領地にいる父が集めたのだろう。ディーンの醜聞を流して。元平民の彼がいくらやっても猜疑心は取れなかったのが仇となった。
……いや。ディーンとしてはファインプレーだ。
「かしこまりました。除籍と婚約破棄は受け入れます」
『領民の八割の署名があれば貴族から除籍する』という法律に従って、ディーンは除籍を受け入れる。そして、貴族ではなくなったということは婚約も解消されるということだ。ディーンはそれを快く受け入れた。
「ですが、国外追放は別です。あれには陛下の承認が必要なはずだ。いくら殿下といえども、その権限はございません」
そう毅然と言うディーンに、しかし、クロードたちは嘲笑で答えた。
「これを見たまえ」
クロードが懐から出したのは神々しい金――オリハルコンで装飾された一枚の紙。
それを投げつけて、クロードはバカにしたように告げる。
「これは、父上から貴様への絶縁状だ」
「なに?」
眉をひそめながらそれを読むと、確かに『ディーン・ファミネを国外追放の刑に処す』という文章と国王だけが使える王家の印鑑が押されていた。
じっくりと眺めるが、どこからどう見ても本物だ。仮に偽物だとしたら、相当な魔法の使い手が書いたに違いない。
「……なるほど。承りました。国外追放……謹んでお受けいたします」
諦めたように眼を閉じたディーンの言葉に、円になっていた者たちは歓喜の表情を浮かべる。
ロゼはディーンの裾を掴みながら心配そうに彼を見ていたが、嬉しそうに小さくガッツポーズする姿に一緒に小さくガッツポーズした。
「……では、私は引き継ぎの用意をいたしますのでここで失礼いたします」
最後まで背筋を伸ばして礼をして立ち去るディーンに、ロゼもちょこんと頭を下げて彼に付いていこうとする。
「待て。ロゼは関係ないだろう」
「そうだ。こちらで一緒にお茶でもしようじゃないか」
「い、いや……ッ!」
しかし、王子二人に阻まれる。
クロードと隣国の第一王子に腕を掴まれて、それに抵抗しようとするが振りほどけない。
「あんな男などすぐに忘れさせてやろブアッ!」
「ウォーターボール」
下衆な笑みを浮かべるクロードの顔面に水の塊がぶつかる。
その衝撃で手を放した瞬間、ロゼは走ってディーンのそばに寄った。
「クロード殿下。何度も言ってきましたが、貴方はもっとご自身の立場を理解すべきだ。成績も下がる一方、多くの女性と関係を持つのは甲斐性があると言えるかもしれないが、無理やり関係を迫るのはよくない。自分は権力をかざさないと女に相手にされない男ですと言っているようなものだ」
ディーンの蔑むような眼と言葉にクロードは憤慨し、殴りかかろうとするがその眼前に土壁が現れ、妨害された。
「ブベッ!?」
「アースウォール。……殿下。何度も言ってきたように怒りで我を忘れ、突撃するのはやめてください。その血は王国の至宝。むやみに流していいものではありません。ま、この国の民ではなくなった俺にとっては万々歳な話だけど」
急ブレーキもかけれずに土壁に追突したクロードに、ディーンは至極真面目にそう忠告した。
まあ、肝心のクロードが気絶してしまっているので、その忠告も意味のないものだったが。
「アースウォール。今からこの会場を閉じるが三〇分で解除されるから悪しからず。その間に、そこにいる者たちが本当に我が国のトップに相応しいか考えておけ!」
生徒全員に聞こえるように告げたディーンは、ロゼを連れて会場から出て、その入り口を土壁で封鎖した。
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