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第8話 由香里の今とこれから

 詩音と顔合わせをし、授業の進捗具合などを教えてもらった翌日の事。


 俺は朝から爺さんと一緒に車に乗って、養護施設へと戻って来ていた。


――まだリムジンの座り心地には慣れないな……


 そんな事を考えながら、詩音から貰った授業の要点をまとめたノートのコピーを眺めていると、車が停車した。


「海人様、到着しました」


 そう言われて周囲を見回せば既に爺さんは車から降りており、黒服の男性が俺の方を笑顔で見ていた。


「その……前からお願いしてますが、様付けってどうにかなりません? 坂口さんの様に自分より年上の人にそう呼ばれると、どこかこそばゆいと言いますか……」


 そう言いながら養護施設の前に降り立つと、俺の面倒をよく見てくれる黒服の男性――坂口さんは苦笑いした。


「すいません。ですが、これも規則なので」


「ですよね……」


 そう言いながら肩を下ろしていると、施設の方から声があがった。


「あっ、兄ちゃんだ! おーい!」


 施設の前でボールを使って遊んでいたらしいアキラが、俺の方に気づき手を振って来たため、振り返してやると近づいて来る。


「うわっ、兄ちゃんの周りの人達黒い人ばっかりで悪者みたいだ」


 そんな子供じみた感想を聞いて、坂口さんを初めとした黒服の人達が苦笑いした。


「こらっ、そう言う事いうんじゃない。所で、由香里と母さんは今どこ居る?」


 そう尋ねると、アキラが施設の中を指さした。


「母さんたちなら今お昼ご飯の準備してるよ……それより兄ちゃん、キャッチボールしようよ!」


「悪いアキラ、今日は用事が有るからまた今度な」


 そう言うと、アキラが頬を膨らませながら、「絶対だからなー」と叫んできた。


「……ふむ、良い所じゃな」


 先ほどから黙っていた爺さんが、ボソリとそう呟いたので、俺は自分の事を褒められた様に照れ臭く感じながら、頷いた。


 何度か妹や弟達と挨拶をかわしながらリビングへ行くと、丁度由香里が昼食に向けてテーブルを拭いている所だった。


「あっ、海人君っ……と、そちらの方がもしかして?」


 一瞬笑みを見せた由香里だったが、爺さんや黒服の人達を見て、慌てて姿勢を正していた。


「ああ、この人が俺の養父の岩崎 権蔵さんだ」


「初めまして、お嬢ちゃん」


 そう言って爺さんが少しかがみながら手を差し伸べると、由香里が慌てて手を洗ってきた後に握りなおした。


「こちらこそ初めまして、南雲 由香里と言います」


「はは、そんなに緊張せんでもええよ。所で、管理人の桜井さんはどちらかな?」


「えっと、さっきまでは居たんですが、丁度お醤油が切れてしまって……」


由香里が少し照れた様に言うと、爺さんがカカと笑った。


「そうかそうか。それじゃあ儂は暫く待たせてもらおうかの」


 言うと同時に坂口さんが椅子を引き、爺さんが座ったのでその隣に俺が、正面に由香里が座る。


「海人に聞いた話では、由香里さんは4月から国内有数の進学校へ入学するそうじゃが、随分頑張ったのだな?」


 爺さんが何気なく問いかけると、由香里は慌てて手を横に振っていた。


「そんな、全然大した事ないですよ……たまたま成績が取れただけです」


 そう言った由香里の言葉には、何処か自嘲的な響きが混じってる様な気がして、思わず気になった。


「そんな事言うもんじゃないだろ、アレだけ勉強頑張ってたんだ。もっと胸を張っていいだろ」


「……うん、そうなんだけどね」


 言葉と共にチラッと俺を見た後、膝当たりを見下ろしながら言葉を紡いだ。


「私には、この間海人君が言ってた程何かしたい事があるのかな? って思っちゃって……あっ、すいません。こんなの岩崎さんに聞かせるような話じゃないですよね」


 慌てて由香里が頭を下げるのを、爺さんが手で制した。


「別に良いんじゃよ。しかし、やりたい事が分からない……か」


 そう呟いた爺さんが、グルリと部屋の中を見回し……俺も釣られて見回してみる。


 つい数日前までは毎日――物心ついた時からずっと過ごしていた場所。


 愛着も有るし、何より色々な思い出が詰まっているが……爺さんの家と違って、子供たちの落書きやホコリがそこかしこにあり、壁や床は一部はがれていたりする。


 修復する金なんてなく、毎日暮らすのにさえ必死な養護施設の――かつての俺の実情がそこにはあった。


 そして、それは同時に由香里の現状でもあった。


 何をやりたいかじゃなく、何をやらなきゃいけないか……そればかりを考えていた様に思う。


 そんなどことない物悲しさを抱えていると、爺さんがニヤリと笑った。


「1つ、これからジジイが戯言を言うから、もし嫌だったらビシッと言っとくれ」


 そう爺さんは前置きした上で、また耳を疑うようなことを言い出した。


「もし、由香里さんが望むなら、海人と同じ学校に通ってはみんか?」


 そんな何気ない爺さんの言葉によって、俺や由香里、ひいては養護施設の運命は大きく変わって行くことになる。


読んでいただきありがとうございます。


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[一言] 施設が深刻な人員不足になるのでは?
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