1-6 初夏月/九日月④
就寝の挨拶を済ませ、裏口を出て中庭を横切る。戸を開けると、ウィリディスは昼の間に徹底的に掃除をした納戸をゆっくりと眺めた。窓から差し込む月明かりに、過ごした年月が浮かび上がる。それらを静かに胸にしまって、藁の上に寝そべると、翡翠の髪が濃金の藁に散らばり、月光を吸って煌めいた。黄金色の目を閉じて、藁の香も納戸の匂いも全て吸い込む。次に帰るのはいつになるかと、頭の隅で囁く声がした。
「……案外、そう遠くはないかもしれませんね。東領に行って、彼の意に沿う新たな守護獣が見つかれば、私は晴れてお役御免でしょうし」
寝返りを打って呟いたその言葉には、願いが多分に含まれていることを、彼女自身がよくわかっていた。
ウィリディスと裏口で別れ、階段の手すりにてをかけたアウランティウムは、ふと呼び止められて振り返った。エプロンで手を拭きながら、食堂の亭主が近付いてくる。
「あんた、あいつを連れて行く気だろう」
二メートルを越える白熊の人獣は、アウランティウムをどこか切ない気持ちにさせた。嘘はつけないから、正直に頷く。
「……はい。そのつもりです」
「待っているのは、茨の道だぞ」
「それでも」
胸元の種を握りしめ、少年は泣きそうにも見える顔で笑った。
「僕は、ウィリディスが良い。そう、決めました」
「そうか」
大きな白い前肢が伸びてきて、橙色の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「よろしく頼む」
重みを噛みしめながら、朱色の瞳を閉じる。
「はい」
* * *
初夏月/九日月
猶予が与えられただけでなく、神様は僕に翼をくれた。ウィリディスを贖罪の旅に巻き込むのは申し訳なく思っている。チーシェのこの食堂はとても居心地が良く、彼女を引き剥がすのは躊躇いがある。けれど、僕が僕のままでこの旅を終えるには、やっぱり彼女でなければ駄目だ。亭主の言うとおり、たとえ茨の道になったとしても。
ウィリディスに、守護獣になってもらう。まだ彼女には告げていないけれど、クシュオに着いたら、必ず。