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アウランティウムの旅日記  作者: 燈真
序章 幻獣もどきと〝神の小鳥〟
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1-5 初夏月/九日月③

 狸たちが慌てて帰っていくのを見送ると、ウィリディスは再び少年を藁の中に突き倒した。

「な、何!?」

「ちょっとそこに正座なさい」

 腕を組み仁王立ちする彼女を前に、彼は神妙な顔でいそいそと藁の上に正座した。

「今の話に、説明を。貴方にはその義務があります」

「……はい」

 長くなるから、と促され、ウィリディスも井戸の縁に腰掛ける。

「ウィリディスは“守護獣”って聞いたことがありますか」

「保護獣ではなく?」

「守護獣は“神の小鳥”専属の保護獣です。“神の小鳥”の旅を守り、使命を守り、種が芽吹くその時まで見届けることを役目とします」

 なれるのは原則として領内の各州司や力のある家の継嗣で、旅の知識だけでなく“神の小鳥”とその使命への理解、時に“神の小鳥”を背負い歩けるだけの体力と判断力、邪魔者を退ける戦闘力など求められる能力は多岐に渡る。それでも守護獣志願者は多く、守護獣になるために育てられる者も少なくない。

「“神の小鳥”に最後まで付き従った守護獣には、望みが叶えられる栄誉が与えられるんです。それを目当てにする者も多くて、だから守護獣を狙って争いが起きるんです」

 守護獣は“神の小鳥”が指名した者がなれる。けれど、“神の小鳥”の前で己の方が強いと証明できたなら。つまり、前の守護獣を倒すことができたなら、その者は次の守護獣になれる。その変則ルールに、アウランティウムは巻き込まれた。

「僕の初代守護獣は、厳格で勇ましい月輪熊でした。僕に旅の基礎を教えてくれて、決して無理を強いることはありませんでした。賊だって一瞬で倒す剛力の持ち主で、安心して任せられました。でも、あいつに、騙し討ちされた」

 互いを人質に取られ、泣きながら守護獣の交代を承諾すると、彼の意に反し、既に満身創痍だった月輪熊は谷底に突き落とされた。俯いて語る彼の視線の先で、拳から血の気が失せていく。

「大使館の狸たちはああ言いましたが、あれはあいつの外面しか知らないからです。あいつの傍にいれば僕は駄目になる。そう思ったから逃げてきたんです」

「……それでも、使命は、“種”は、捨てられませんか」

 ウィリディスの問いかけに、彼は苦笑して種の入った鳥籠を摘まんでみせた。

「これは、僕と一心同体なんです。種を捨てるということは、僕自身を殺すこと。だから、死ぬつもりがなければ捨てられません」

「……それは、すみませんでした」

 流石に神妙になって謝る少女に、いいえ、と首を振る。

「僕が“神の小鳥”であることは、産まれた瞬間から定められてて、誰にも肩代わりできない。だから、それは、良いんです。でも」

 言いかけて、そのまま黙り込む。その続きが、ウィリディスは何となくわかった気がした。だから、腰を上げて伸びをすると、横目で少年を見下ろした。

「明日には、出立しましょうか」

「……え?」

「とはいえ、あちらがすごすごと尾を巻いて引きこもる性分でもなさそうですし。どうやって東領に戻るかは、引き続き考える必要がありますが」

 蒼天を睨むウィリディスの耳に、あ、と小さな声が届く。少年が手でも打ちそうな勢いで彼女を見上げていた。

「央領の、神獣に会うことはできますか」

 少女の頬が引き攣った。


 夕食で賑わう料亭の一階、そのカウンターで、ウィリディスは渋い顔のままハンバーグを頬ばった。

「美味しいです」

「そんな顔で言われても信じられないね」

 女将が呆れ顔で言い、隣に座るアウランティウムのお茶碗が空になっていることに気がつくと、しゃもじの柄を手に填め、山盛りの米を掬って乗せてやる。

「ありがとうございます」

「出立は明日なんだろう? こいつの家に着くまでは、こんなに美味しい飯は食えないだろうからね。今のうちにたんと食べておくと良い」

 ウインクすらしかねない甘やかしぶりに、隣の半人獣の顔がますます渋くなる。

「許可は下りそうなのか」

 鍋やフライパンを次々に動かしながら、亭主が言葉だけ投げて寄こす。

「頭ごなしに駄目とは言ってこないはずです」

 おかわり、と茶碗を差し出すと「有料だよ」と女将の声が返ってくる。恨みがましげな視線と共に「ツケで」と言い返すと、少年の時の半分程の米が盛られて寄こされた。罵るわけにもいかず、専用の匙を使って無言で掻き込む。

「まさかウィリディスの実家がクシュオ州司だったとは」

 デミグラスのたれに肉を浸しながら、少年がしみじみと言う。当の本獣は眉間に深い皺を刻んだままだ。

 各領には必ず一頭神獣がいる。最初の“神の種”が芽吹いた土地に住み、そこから領を見守っている。央領の神獣がいる幽湖・マーシにはクシュオ州を通るのが最も早く、神獣の通訳をする巫女とも会いやすい。故に、ウィリディスは本意ではないが州司を務める父に手紙を出したのだ。道すがら返事をもらうつもりだが、ウィリディスとしては家に寄らず通り過ぎる気でいた。

「いくら他領の“神の小鳥”とはいえ、もてなさないわけにはいかないだろうに、強情だねぇ」

「放っておいてください」

「おや、そんなことを言っていると、出かけている間に納戸の藁全部捨てるからね」

「えぇ!?」

 今日一日陽射しを吸わせてふかふかにしたばかりである。しかし、ウィリディスが留守の間、干したり足したりと管理してくれているのは女将だ。

「今度の旅は長くなりそうだからねぇ。帰ってきたら納戸ごとなくなっているかもね」

「いや、それは本当に、あの」

 本気で狼狽えだしたウィリディスを、少年はどこか神妙な面持ちで見つめていた。

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