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アウランティウムの旅日記  作者: 燈真
第二章 立ちはだかる東領
16/32

3-1 初夏月/寝待

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

第二章 立ちはだかる東領


 木の根元に空いた洞は深く、蹄の音以外何の音も光もない。息を潜めて互いの温もりにしがみつくばかりのアウランティウムとウィリディスだが、天馬には標がはっきりと見えているようで、翔る足取りに迷いはない。故にその蹄が止まった時、二人の間には静かな緊張が走った。

「何か、ありましたか」

 アウランティウムの肩越しにウィリディスが問う。

「いえ、ちょうどここが、境目なのです」

 振り返り応えたペガスシアの瞳が、闇の中で文字通り蒼く輝く。唯一の光に目を細めたその時、アウランティウムが声をあげる。前方から黄緑の光が二対、地を這うように近づいてきたのだ。キオネに比べ一回りは小さなその四つの光は見る間にこちらに近づき、目の前でピタリと止まる。

「央領の巫女、キオネと申します」

「東領の巫女」

「ラケルと」

「ケルタです」

 まだ幼くも聞こえる娘の声たちが応える。ウィリディスの前で、アウランティウムが小さな声を立てた。それが聞こえたか、二対の瞳がこちらをとらえる。

「東領の〝神の小鳥〟」

「それからその守護獣」

「確かに、引き受けました」

「央領の神獣に感謝を」

「えぇ」

 声と共に、蒼の瞳が再びこちらを向く。

「私はここまで。ここからは、彼女たちとともに帰りなさい」

 示されるがままに慎重にその背中から降りる。途端に手に触れた小さな冷たいそれの先で、黄緑の瞳が微笑みを浮かべていた。

「まさかこんなに早く」

「再会することになるなんて」

「思わなかったよ」

「……僕もです」

 促されながら何か冷たいものの背中にまたがると、後ろにウィリディスが乗ったのがわかった。顔をあげれば、先ほどよりも遠い距離に、天馬の一対の蒼の瞳がある。その輝きに向かって、アウランティウムは頭を下げた。

「ここまで、ありがとうございました。央領でいただいたご恩、忘れません」

「……貴方の道行きが、少しでも明るいものとなることを祈っています」

 ふい、とその光が消え、蹄の音が遠ざかる。すっかり消えてしまった頃、二人が乗った何かがうねりと動いた。

「私たちも行こう」

「しっかり掴まるんだよ」

「落ちないように」

 頷いたのが見えたか否か、二対の黄緑の瞳が同じ形に弧を描いた。


 地を這う音が不意に途絶え、急激な上昇の先に青みがかった光が見えた。胴と思われる部分にしっかりしがみついた二人をあっという間に呑み込んで、ポン、と宙に吐き出される。

 風が水面を騒がせ、木の葉と戯れる音がする。

 小石が均衡を崩して転げ、岩に当たって悲鳴を上げた音がする。

 浮遊感はしばらく続き、ようやく夜闇に目が慣れた頃、眼下の景色にウィリディスは息を呑んだ。央領の幽湖と似て、険しい岩壁に囲まれた湖。その水面には無数の小さな煌めきがさざ波に揺れている。仰いだ天空の近さに、星を写しとっているのだと気づく。五島一高い山は、星の輝きをも手中に納めることを知った。中央の小島にそびえる大樹の葉が薄らと放つ水色の光は、鼓動するように緩やかに点滅する。それらが、ただ一山の頂にある。

 霊峰・フーシア。

 東領の神獣が棲まう孤高の山。

 その峰の一角に、二人と巫女たちを乗せたものはゆっくりと着陸した。促されて降り立ち、改めて自分たちが乗ってきたものを見る。触れていたのは小さな鱗。夜の闇よりなお暗い体躯は細長く、手足は這うことに特化したように短い。細長い尻尾を一つ振って、リザードのようなそれはその場にくるりと丸く伏せた。

「お疲れ様」

「ひとまずお休み」

 優しく体を叩いて労ると、巫女たちは改めて二人に向き直った。

 ウィリディスの胸にも届かない小柄な体。白に青の巫女装束。そっくりな石竜子の容貌。ラケルとケルタの双子巫女は、アウランティウムへと笑いかけた。

「お帰り」

「久しぶりだね」

「央領の巫女から呼び出された時は」

「すっごくびっくりしたけれど」

「ひとまずお帰り、〝神の小鳥〟」

「……ただいま、戻りました」

 ご迷惑をおかけしてすみません。下げた頭を、小さな手が二つ交互に軽く叩く。それから傍らに佇むウィリディスにも目を向けた。

「ようこそ、央領の半人獣」

「〝神の小鳥〟が選んだ者」

「……ウィリディスと申します」

 片膝をついて頭を垂れると、なお低い位置から二対の瞳に顔を覗き込まれる。

「前を向いてよ」

「俯かれるのは好きじゃない」

「……はい」

 上げたウィリディスの頬を手で押さえ、その黄金色の瞳を吸い込まんばかりの近さで代わる代わる凝視して、それから一つ頷いた。

「まぁ良いか」

「主様は今はお休み中」

「夜が明けたら会えるから」

「今日は君たちももうお休み」

「タクラの懐はちょうど良いよ」

 ぐいぐいとアウランティウムの両手を掴んで引っ張る姿はただの幼い娘のよう。しかし、ウィリディスは覗き込まれた黄緑の瞳に年に似合わぬ怜悧さを垣間見た。頬を包んだ手は冷たく、指の一本はさりげなく頸動脈に添えられていた。何かを誤れば容赦なく切り裂かれていたであろうそれに、今さらながら寒気が走る。

「ウィリィ?」

「いえ、何でも」

 手招かれてリザードの懐、少年の隣に並び座る。標高の高い山の夜は存外冷え、故にタクラと呼ばれたものの懐はまさにちょうど良かった。心臓に近いところには巫女たちが並び、丸くなるなりこてんと眠りに落ちた。吹けば落ちてきそうな天上の星々に、そっと猫の手を伸ばす。

「これほど近くても届かない。不思議なものです」

 何の気なしに呟くと、相槌を打った少年が同じように両手を伸ばした。人差し指と親指で四角をつくる。

「何です? それは」

「昔、厄災が起こる前には、こういう景色をこのくらいの紙に写しとるような道具があったんだって」

「何のために」

「記憶の代わりに、記録しておくため、かな? 忘れたくなかったんだよ、多分」

 ふぅん、と今度はウィリディスが相槌を打った。ともすれば沈んでいきそうな天の川の深みを、目を細めて眺める。

「私は、この瞬間に何も気にすることなくじっくりと味わえれば、それで良いです」

 噴き出したアウランティウムが咄嗟に口を押さえ、双子巫女を気にしながらなおもクツクツと笑う。じっとりとした視線に手を振って、そうだなぁと呟いた。

「僕もそうかも。あとからじっくり見返している余裕なんてないから」

「旅というのは、案外そんなものかもしれません」

 振り返ったときには、もう色褪せている。だからその時その時を、目一杯心に刻むのだ。色褪せてもなお、宝石よりも純粋な輝きを放つように。

「ウィリィの中で印象深かった旅はどんな旅?」

 ウィリディスは目を瞬かせ、それから腕を組んで厳かに告げた。

「それはまた後日として、いい加減寝ましょう。神獣の前で寝坊など、死んでもごめんです」

 えぇ、と不満げに呟きながら、しぶしぶ毛布に潜り込む。リザードの腹に深くもたれ掛かり、彼女もまた目を閉じた。


***


初夏月/寝待


 帰ってきた。

 霊峰の頂は相変わらず、汚らわしいものなど何一つないくらい綺麗で。

 双子は相変わらず息ピッタリで、まるで一頭で話しているみたいだ。

 違うのは、隣にいるのがウィリディスだということ。

 前に来た時、あの人に星座を色々と教えてもらった。けれど、さっきどのくらい覚えているか引出を開けてみたら、半分も覚えていなかった。薄情なのかもしれない。

 ……それでも、多分、許してくれる。僕が生きて、ここにいるから。

 神獣と再会するなんてあの時の僕は思いもしなかったけれど、こうなった以上仕方がない。

 どうか怒られませんように。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「厄災が起こる前」のくだり気になるぅ! 写真……があったのかな? この世界・このシステムになってる理由もありそうですね!
[一言] 相変わらず、双子ちゃん可愛い(*´ω`*) ともかくも、帰れて何より。ここからまた旅の始まりですね。
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