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アウランティウムの旅日記  作者: 燈真
第一章 〝神の小鳥〟と幻獣もどきの里帰り
13/32

2-6 初夏月/寝待①

 翌早朝、見送りに出たのはフォルガとキュルテルの一獣一人だけだった。

「ウィリディス、行ってらっしゃい」

「えぇ」

 少女と簡単な挨拶を済ませると、キュルテルはごそごそとポケットを漁った。

「アウラ君、これを持って行ってくれ」

 差し出したのは、木で彫られた羽根の飾り。根元には革紐がついている。

「旅のお守りだ。どこまでも飛んでいけるように」

「ありがとうございます、キュルテルさん」

 両手で受け取ると、アウランティウムはすぐに鞄の紐にその飾りを結わえ付けた。

「東領の“神の小鳥”だから、そう簡単にはいかないかもしれないけれど……全部終わったら、また遊びに来てよ」

 両手をしっかりと握りしめて言い募る緑の瞳に、一瞬虚を突かれたような顔をして、それからアウランティウムは泣きそうな顔で笑った。

「はい。……いつか、必ず」

 たまらず抱きついたキュルテルともども倒れそうになるのを、ウィリディスが背を押さえて留めてくれる。その彼女は幾何学模様の入る和装を纏ったまま、姿勢を正して兄に相対した。本当ならば荷物が増えるからいつもの簡素な麻服で行きたがったのだが、フォルガがそれを止めたのだ。

『巫女様のところに行くのだから、きちんとした格好でないと失礼だろう』

 もっともである。今後改まった服装をしなければならない場面もあるはずだから、と言い含められ、しぶしぶ一回り大きな麻袋を用意した。

「行って参ります、兄上」

「あぁ、しっかりやれよ」

 下がったウィリディスの頭をかいぐってから、フォルガはアウランティウムに向き直った。

「貴殿の旅が無事果たされることを、この央領から祈っている」

「ありがとうございます」

 少年の胸元で橙の種が柔らかく光る。その光に刹那目を細めて、フォルガはそっと前肢の甲を差し出した。アウランティウムの柔な手の甲と突き合わせ、挨拶をする。

「さらばだ」

「はい」

 一礼して踵を返す二人を、姿が見えなくなるまで見送ってから、キュルテルがちらりとフォルガを見上げた。

「さらば、なんて、寂しいことを言うね」

「そうかい?」

「そうさ」

 もう影すら見えない少年の姿を探すように目を細めて、その人間はポツリと呟いた。

「まるで、もう二度と会えないみたいじゃないか」


 深い森林の中、人獣用の木板と階段をひたすら歩き続けると、再びなだらかな丘陵に抜けた。辺り一面、アウランティウムの腰ほどの高さの植物で埋め尽くされている。その全てが、日の光を取り込もうと競うかのように大ぶりな葉を繁らせていて、首を傾げた少年にウィリディスは教えてやった。

「ここは盛夏を迎えると、一面に向日葵が咲き誇るのです」

 このくらいの高さで、と示したのは、ウィリディスの背丈より優に上。ポカッと口を開いて、アウランティウムは改めて辺りを見回した。見える限り全て、同じ葉に見える。

「これ、全部?」

「えぇ。壮観ですよ」

「……そうかぁ。見てみたかったなぁ」

「万事終わって機会があれば、是非」

 そうだね、と告げる声は少しだけ寂しげで、ウィリディスは口を開きかけ、結局無言で彼の前を歩く。遠目に見える山に向け、いくつかの丘陵の起伏を越え歩き続けること数刻。日が南天を超えて西へと傾きかけた頃に、一人と一獣ははようやく幽湖・マーシの巫女がいる集落へと辿り着いた。

 入口でグルスから預かった書状を見せ、巫女を待つ。クシュオ州司の石造の家とは異なり、こちらの家は柏や桂などを中心とした木造で、屋根と壁を茅や笹などで葺いてある。衣装はウィリディスが着ている幾何学模様が施された和装と似たようなものなので、央領のこの地方の特徴なのだとアウランティウムは推測した。馬や鹿の人獣が多いようで、皆やってきた珍客に露骨な目を向ける。好奇と不安と忌避が三分の一ずつ、とウィリディスは腕を組んで分析した。隣のアウランティウムはそれどころではないようで、胸元の種を右手で握り、瞳に緊張を宿らせて案内を待っている。

「……お待たせいたしました」

 やってきた薄褐色の牝馬の人獣は、白の着物に黄色の袴を履いており、一見して神獣の巫女に連なるものとわかった。

「東領の“神の小鳥”様。クシュオ州司の縁者殿。巫女様の支度が調いましたので、こちらへ」

 案内されたのは一際大きな木造の家で、正面に座する女性を一目見るなり、二人は言葉を失った。

「初めまして。央領の神獣の巫女を務めます、キオネと申します」

 雪のような肌の色に、白銀の毛並み。深い紺色の馬の瞳が、思慮深い色を湛えている。そして何より、その背中には、純白の小さな翼が生えていた。

 グリフォニアと同じく純粋な獣種の存在は未だ確かめられていない、幻想種。

「ペガスシア……」

 思わず呟いたアウランティウムにニコリと微笑んで、キオネはそれでは、と涼やかな声を張った。

「まずは名乗りなさい、他領の“神の小鳥”と同領の異形種の娘。そして、貴方たちのその口から、神獣に目通りを願う理由を述べなさい」

 凜と張り詰めた空気が二人の背筋を正させる。互いに視線を交わし叱咤してから、アウランティウムとウィリディスは改めて彼女と相対した。

「東領の“神の小鳥”アウランティウムと申します。このたびの目通りに感謝いたします」

「クシュオ州司グルスの娘、ウィリディスと申します。寛大なご温情に感謝いたします」

「僕たちが央領の神獣にご相談差し上げたいことは二つ。一つは、このウィリディスを僕の守護獣とすることへの神獣としての是非を問いたい」

「そしてもう一つ。もしも東領へ戻る非正規的なルートをご存知でしたら、ご教授いただきたい」

「以上、僕たちが万難を排して旅をする、その一助を請いたいのです。……どうか、ご許可を」

 両拳を床につけ、深々と頭を下げた二人の上に、沈黙が降りる。アウランティウムのこめかみにじわりと汗が滲む。かさりと衣擦れの音がして、澄んだ声音が従者を呼んだ。

「支度を」

「は」

 思わず顔を上げた二人に、彼女は一つ頷いた。

「これから出ます。クシュオの娘。その翼は飾りではありませんね?」

「は、はい」

「ならば、死に物狂いでついてきなさい。東領の“神の小鳥”。貴方は我が背に乗せます」

「え!? あ、はい!」

 巫女が颯爽と部屋を出て行くのを頭を下げて見送って、アウランティウムとウィリディスは互いの顔を見合わせた。

「……乗って、良いんだ」

「良いんですね」

「巫女様の御背中なのに」

「良いんですね……」

 その理由を、二人はすぐに知ることになる。 

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― 新着の感想 ―
[一言] ペガサスに、乗れる?! ああ、でも、理由があるのか。次回もわくわく!
[良い点] これは……ウィリィちゃん、置いていかれないように頑張らなきゃいけないのでは! うまく噛み合ってきた感じが二人の様子から見えるので、ぜひ突破してほしい。
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