序:生誕
東領・シャンヌ州人間保護センター
とある職員の備忘録
獣も人獣も尻尾や羽毛や服の襟を寄せ合わせながら、春の足音はまだかと耳をそばだてていたであろう雪の今日。特級指定保護動物である人間の赤ん坊が、夜明けと共に産声を上げた。母体は衰弱してこそいるが命に別状はなく、生まれた男子も五体満足の上、病や障害の片鱗も見えず、健やかな状態である。
さらに、取り上げたコウノトリの助産師より、赤子が手の中に、小さな種のようなものを握っているという知らせを受け、すぐに霊峰から巫女が呼ばれた。息せき切って隼の籠から駆け下りた石竜子の巫女が保護室に入ること数分後、興奮に頬を赤らめ事務室に戻ってきたことで、“神の種”であることが判明。東領にとっては念願の、十七人目の“神の小鳥”の誕生ということになる。
“神の小鳥”誕生の知らせは、昼には東領全土を駆け巡ったようで、問い合わせの訪問や書簡が早くも届きつつある。センター長は対応部署を設ける一方、当面保護センターへの一般立入を禁じることを決めた。
人獣たちは未だ見ぬ赤子に数多くの希望と期待を託したことだろう。一方、使命を果たすべく旅立つ十数年後のその日に、守護獣として誰が供をするのかと、腹案を巡らせる者たちもまた、数多くあると推察される。
追記:
男子は髪も瞳も橙色であることから、アウランティウムと名付けられた。