7日目 知らない女
月曜日。
月曜日だ。
布団の中で実は今日は日曜日なのでは……? と10分ほど考えて見たが、まごうことなき月曜日だった。
俺は足を引きずりながら駅に向かう。
空き地には、例によってジャージ姿の娘がしゃがみこんでいる。
まだ禁漁期間なのだろう。
指でダンゴムシをつついて丸めては、クスクスと笑っている。
「おはよう。今日も精が出るね」
「おはよう、社畜さん。久々に出勤なの?」
「ああ、珍しく週末休めたよ。ずっとテレワークで仕事はしてたけど」
「休みって一体……?」
そう、この週末は久々に家で過ごせたのだ。
なにしろ、我が社でも週末のみのテレワークが試験導入。
これで365日24時間働けるな、と呟いた課長の笑みが今でも脳裏を離れない。
「あーでも、テレワークって電話代かかって大変でしょ?」
「ん? 確かに自分の電話も使うけど。気にするほどじゃ」
「そうなんだ。あれか、通話ホーダイとかいうやつか」
……? なんか微妙に会話がかみ合わない。
ひょっとして、この女―――
「もしかして……テレワークって、電話で仕事をすることだと思ってる?」
「……え?」
ダンゴムシをつつく手が止まる。
「テレワークってのは、ネット回線を使って離れた場所で働くことだよ」
「……知ってた」
「え」
「……知ってたし。わざとだし」
女はジャージの襟を立てると、俺をジト目で睨んでくる。
「薄々感じてたけど。あなた私を世間知らずの小娘だと思ってるでしょ?」
なんで分かった。
「私を箱入りのお嬢様だと思ってる? 箸より重い物を持ったことの無い華族の娘だと思ってる? 婚約破棄して追放された公爵令嬢とか思ってる?」
「思って無いし、なんか自分をちょっといい風に言ってない?」
小娘はしゃがんだまま、恨みがましく俺を見上げて来る。
「……とにかくさ、そのテレワークとかいうのがあれば会社に行かなくていいんでしょ? どうしてみんな毎日電車に乗ってるの?」
「その場にいないとできない仕事も沢山あるしね。うちの課長が言うには『顔を合わせてやらない仕事には心がこもってない』んだってさ」
「心……? 社畜さん、職人なの……?」
まあ、コードを書いたり切り貼りしたりする職人と言えないでもない。
それに課長の意味もない長い説教と、暇に任せて作ったパワポ資料には……黒い魂がこもっているような気が。
「うちの職場は心を殺してから本番だ―――って先輩の教えだし。とにかく、当分通勤は必要だ」
俺は中身もろくに詰まってないカバンを持ち直す。
「心を殺したりこめたり大変ね。それじゃ、行ってらっしゃい」
手を振る娘に、俺は開き直って勢い良く手を振り返す。
「じゃあ、行ってきます!」