6日目 呼ぶ女
金曜日の朝。
あの女、今朝も居る。
こうも連日ともなると、この女は空き地の備品か何かの気がしてきた。
俺は、あいも変わらず早朝から空き地にしゃがみ込んでいる女に話しかける。
「おはよう、ダンゴムシは採れてる?」
女は俺を見返すと、不機嫌そうに口を尖らせる。
「おはよう。社畜さんはダンゴムシは無限に沸いてくると思ってるでしょ?」
「ああ、思ってる」
「私くらいの熱心なコレクターがいる場合。この程度の空き地だと、たまに禁漁区を設けないと。今日は見るだけ」
なるほど。
それがダンゴムシ業界の常識らしい。
「何事も休養が大切なんだから。社畜さんも週休0日とか続けてると、すっからかんになっちゃうよ」
「それが……なんか土日は職場に来なくていいって言われたんだ」
「あれ、良かったね。ブラック企業がグレーくらいになったの?」
「昨日の会議の途中、なんか小腹が空いたんだけど」
「あー、会議。あれってお腹すくよね、うん」
うんうんと頷く女。
……こいつ、絶対に分かってない。
「で、スーツのポケットに君から貰った麩菓子が入ってるのを思い出して。会議中に食べ始めたら……なんか土日は行かなくていいことになったんだ」
女は凄く微妙そうな顔で俺を眺める。
「……良く分からないけど。それって喜んでいいことだよね」
「まあ、土日は家で仕事できるから楽になったかな」
「え。結局家で働くの?」
「ほら……最近、テレワークとか流行ってるでしょ? うちの会社も週末は段階的に導入していこうかって話が」
「テレワークってそんなんだっけ」
そうだけど、そんなんじゃない気もする。
「まあいいか。じゃあ社畜さん、あと一日頑張ってね」
「……前から気になってたけど。なんで俺のこと社畜さんって呼ぶの?」
「だってあなた、社畜でしょ?」
女は不思議そうに俺を見返す。
「社畜だね……間違っては無いけど」
「めんどくさい人ね。じゃあ名前で呼んで欲しいとか」
……名前か。
この女に名前で呼んでもらう―――
「……いや。見知らぬ人に名前を教えるとか危険だな。社畜さんのままでいいよ」
「……社畜さん、微妙にあなた失礼ね。そっちこそ、私のこと君って呼んでるでしょ。あれも大概よ」
「心の中では“ダンゴムシの人”と呼んでるけど。そっちが良かった?」
「……君でいいわ」
女はため息をつくと、我慢できないのかダンゴムシをつついて丸くする作業を始めた。
さて、俺も駅に向かうとするか。
「それじゃ、行ってらっしゃい」
手を振る娘。
……今日一日だ。
越えれば週末、会社に行かなくていいのだ。
俺も手を振り返す。
「それじゃ、行ってきます」