5日目 降る女
玄関を出ると、コンビニのビニール傘を開く。
昨晩から雨が降り続いている。
こんな日はさすがにあの女もいないだろう。
足元の水溜まりを避けながら歩いていると、例の空き地に雨がっぱ姿の小柄な人影が。
「おはよう。雨の日もいるんだね」
「社畜さんか。おはよう、今日も早いね」
いつも通りのやり取り。
なぜか雨がっぱに包まれた女の顔は微妙ににやけている。
「社畜さんは傘派なんだね。まあ、社畜さんじゃ仕方ないねー」
なんだこいつ。
喧嘩でも売ってるのかと思ったが、女から漏れ出る浮かれオーラに気付く。
ひょっとしてこれは。
「……あー、その雨がっぱオシャレだね」
「あ、分かる? 足元に虹を配置したこのデザイン、中々だと思うの」
やっぱりこの女、真新しいカッパを自慢したかっただけらしい。
しかもなんかポケットにアヒルのおもちゃを入れてるし。小学生か。
「こんな日もダンゴムシは居るのかな」
「水が流れ込まない石の下とかに隠れてるのよ。ちょっと見てみようか―――」
「雨で流れちゃうからやめたげて?」
……こいつ、やはりダンゴムシのこと何とも思って無いのではなかろうか。
これ以上の不幸が起こらないように、俺は話題を切り替える。
「ここ最近、カッパなんて台風のテレビ中継くらいでしか見ないな」
「なんで? カッパの方がオシャレで便利でしょ」
「駅で着たり脱いだりが大変だし。それに濡れたのカバンに入れらんないし」
「そのカバンって何が入ってるの?」
そういや何入れてたっけ。
俺は通勤カバンを覗き込む。
「えっと、社員証と手帳……くらいかな」
「そのくらいならポケットに入るんじゃない」
「入るかな」
「じゃあ、鞄いらなくない?」
……そんな核心をつかなくても。
でもほら。通勤カバン持ってないと、ただのスーツ姿でふらふら歩く人になっちゃうし。
「あ、モバイルバッテリー入れてるよ」
「それ、通勤に必要?」
「いや、無くてもそんなに困らないかな。職場で充電すればいいし」
……あれ、手ぶらでもいい気がしてきた。
まずい。サラリーマンとしてのアイデンティティが崩れつつある。
「それと……ほら、菓子パンとジュースとか入れないと」
「それ、朝練に行く高校生じゃない」
……そんな気もする。
大学と社畜期間を経て、俺は高校生に戻ったのか……?
「……人間なんて、意外と成長しないもんだな」
「なによ突然、うちのおばーちゃんみたいなこと言い出して」
……おばーちゃんが言いたくなるのも分かる。
なにしろ、孫がいい年してダンゴムシとか拾ってる系女子なのだ。
「じゃあ、そろそろ行くよ。雨だと電車混むし」
「ほいほい。行ってらっしゃい、社畜さん」
……カッパ姿でブンブン手を振らないで欲しい。水が飛ぶし。
俺はハンカチで顔を拭きながら手を振り返す。
「それじゃ、行ってきます」