4日目 出る女
駅に向かう通勤路。
空き地に出る通りの途中、見慣れたジャージ姿の娘が電柱の前に立っている。
俺は声をかけようとして一瞬躊躇する。
空き地で虫を集めている女に話しかけるのは構わない気がする。
しかし、電柱を眺めている若い娘に声をかけるのは……あれだ。事案というやつではなかろうか。
迷っている俺に気付いたか。
女の方が先に声をかけて来る。
「あれ、おはよう社畜さん。今日も早いね」
「おはよう。君、あの空き地から出られるんだ」
思わず出た俺の言葉に、女は呆れたように俺を見る。
「人を地縛霊かなんかと思って無い?」
「もしくは座敷童かなんかだと」
「……私が出たら衰退するんだ。あの空き地」
多分、ダンゴムシが採れなくなるとか何かが起こるはず。
俺は女が眺めていた電柱を見る。
どうやら貼り付けられたチラシを眺めていたようだ。
「学生ローン……? 君、お金を借りるの」
「借りないけど……私にお金を貸す酔狂な人がいたら、ちょっと会ってみたい」
「ああ……確かに貸さないね」
そもそもこの女、学生なのか何なのか。
少なくとも社会人には見えないが、実は資産家だったりするのだろうか。
……資産家は古びたジャージに麩菓子をそのまま突っ込まない気がするが。
「そういや、学生ローンってなんなの?」
「だから……学生にお金貸すんじゃない?」
「学生限定? 社畜にでも貸した方が良くない?」
「ターゲットが違うというか。小さな業者が小口を貸してるケースが多いかな。基本的に学校に在籍してるから、バックレにくいしね」
「ふうん……やけに詳しいわね。お金無いの?」
失礼な。
あるとは言わないが食ってはいけてるんだぜ? 少しは褒めてくれないか。
「まあ、バイト代の遅延で授業料が期日までに払えないとか。事情のある学生には必要だろ」
「だから電話一本で無審査、誰にもバレずに即日融資なんだ」
「……いや、そこの会社は使っちゃ駄目だ」
「借りろと言ったり、借りるなと言ったりどっちなのよ」
「借りろなんて言ってないぞ? お金ないなら働こう?」
「……」
途端に黙り込む女。
こいつ……やっぱり働いてないな。
俺はカバンからパンを取り出す。
「君、お金無いならこれ食べる?」
「失礼ね。お金が無いとか―――」
女は俺の差し出したフジパンの“ぶどうぱん”を見て、難しそうな顔をする。
「絶妙に……微妙だね。普通にメロンパンとか無かった?」
「俺、基本はぶどうぱんとナイススティックのヘビロテだから」
そろそろ行くか。
俺は女の手にぶどうぱんを握らせる。
「それじゃ、そろそろ電車の時間だ」
「……行ってらっしゃい。社畜さん」
ぶどうぱんをまだも凝視している女を残し、俺は駅に向かう。
「じゃ、行ってきます」