3日目 コオロギさんちのさとみさん
今朝も空き地に彼女の姿がある。
こちらに背を向け、しゃがんでモゾモゾと空き地に手を伸ばしている。
今日は随分アグレッシブにダンゴムシを追いかけてるな。
俺は背後に歩み寄る。
「おはよう。今日はたくさん採れた?」
「おはよう社畜さん。今日はまだ3匹しか取れなくて」
女が差し出した瓶の中には―――コオロギだ。瓶の中をワサワサと動き回っている。
俺は思わず目をこする。
「コオロギ……? 君ってダンゴムシ専業じゃなかったんだ」
「なにそのダンゴムシ専業って」
「だって君、俺の中ではダンゴムシの人だし」
それがコオロギを追いかけるとか、キャラ崩壊って奴だ。
「仮に専業になったとして食ってけるの? ハロワに行けばいい?」
「あ、でもコオロギなら食べれるっていうし。ひょっとしたら仕事になるかも」
「……これ、食べるの?」
女は厳しい目付きで、瓶の中で跳ね回るコオロギを見つめる。
「最近、コオロギクッキーが話題だし。天然物も下処理をちゃんとすれば」
「……社畜さん、こんな朝から働いてるのにお金無いのね。ご飯とか食べられないの?」
「え? 俺は食べないよ。次世代の食料としてコオロギが注目されているという話で」
「ちょっと待って。確かここに……」
女はジャージのポケットをゴソゴソすると、コオロギ色の棒切れを取り出した。
「これあげる」
「はあ、どうも」
受け取った俺は思わずそれを凝視する。
……麩菓子だ。
「なんか裸でポケットに突っ込んでなかった? これ、食べれるの?」
「大丈夫よ。そんなに何日も経ってないから」
「……毎日ジャージ洗濯してる?」
他にもツッコミどころは見当たるが、面倒なので素直に従おう。
俺はスーツの内ポケットに麩菓子を突っ込む。
「社畜さん、むやみにそこら辺の虫とか食べるとおなか壊すからね。せめて草にしときなさい」
「えっと……はい。気を付けます」
誤解が解ける気配がないが、下手に虫を差し入れられても困る。
「それはそうとコオロギ集めてどうするの。また公園に放すの?」
「そのつもりだったけど。こいつら、その気になったら近くの公園くらい自力で行けるよね」
「まあ確かに」
「……じゃあ私、何のためにコオロギ捕まえてるのかな……?」
それを俺に聞くか。
「虫籠とかで飼って鳴き声を聞くとか」
「なにそれ。エモくない?」
「エモい……かなあ。風流ではあると思うけど」
……こいつ、エモいって意味知ってるんだろうか。
疑わし気な俺の視線に気付いたか。女は突然、腕組みをして立ち上がる。
「―――パンケーキ」
「え?」
「タピオカ―――チーズダッカルビ―――いつもの西海岸の味―――」
「……え。突然どうしたの?」
「私だってオシャレな流行りモノ知ってるんだからね。エモいとか、もう古いし」
言って、自慢げに胸を張る。
……さっき羅列してたのって、彼女的におしゃれな流行りモノだったのか。
微妙に古いのが混じってる気もするが。
「そ、そうだね。うん、君は流行りモノを良く知ってるね」
「もちろんよ。今度社畜さんにも教えてあげるから」
「楽しみにしてるよ。じゃあ俺、そろそろ行くね」
俺が立ち上がると、女は腕組みしたままこくりと頷く。
「それじゃ、行ってらっしゃい。社畜さん」
「はい、行ってきます」